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みなもと-のさねとも 【源実朝】
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源実朝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/13 01:36 UTC 版)
源 実朝(みなもと の さねとも、源 實朝)は、鎌倉時代前期の鎌倉幕府第3代征夷大将軍である。
鎌倉幕府を開いた源頼朝の子として生まれ、兄の源頼家が追放されると12歳で征夷大将軍に就く。政治は始め執権を務める北条氏などが主に執ったが、成長するにつれ関与を深めた。官位の昇進も早く武士として初めて右大臣に任ぜられるが、その翌年に鶴岡八幡宮で頼家の子公暁に暗殺された。これにより源氏将軍は断絶した。
歌人としても知られ、92首が勅撰和歌集に入集し、小倉百人一首にも選ばれている。家集として金槐和歌集がある。
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- ^ 『吾妻鏡』建仁3年9月15日条には征夷大将軍補任の宣旨が下されたと記されているが、『猪隈関白記』9月7日条には内大臣藤原隆忠を上卿として従五位下征夷大将軍補任の除目が行われて後鳥羽上皇が「実朝」という名を定めたと記されており(同一の補任に対して除目と宣旨が同時に行われることはない)、両者の記事は矛盾しており同時代史料である後者が正しい可能性が高い(参照:北村拓「鎌倉幕府征夷大将軍の補任について」(所収:今江廣道 編『中世の史料と制度』(続群書類従完成会、2005年) ISBN 978-4-7971-0743-2 P137-194))。
- ^ 実朝の婚姻は頼家の母方の北条氏と妻方の比企氏が衝突した比企氏の乱の翌年のことであり、一概に実朝の京都・貴族志向の表れとは解することは出来ない。
- ^ 上横手雅敬や河内祥輔は、この会話を実朝が男子誕生を断念して然るべき家から後継者を求める意思を示し、義時にその伝言を求めたとする解釈を採る。
- ^ 落命の件は、実朝を除こうとした“黒幕”によって実朝が公暁の父(頼家)の敵であると吹き込まれた為だとする説がある。ただし、その“黒幕”の正体については、三浦義村・北条義時・後鳥羽上皇など諸説がある。
- ^ 大江親広、大江時広、中原季時、安達景盛、二階堂行村、加藤景廉、以下百余名
固有名詞の分類
「源実朝」の用例一覧
岸田國士 『ハイカラ』といふこと (青空文庫)
芸術を通じて観た「ハイカラさ」のみについて考へても、現代の作家たちさへ、なかなか及び難いものを感じさせられる。 私はまた、源実朝をハイカラな詩人だと思つてゐる。それは、武将...
www.aozora.gr.jp/cards/001154/files/44403_19759.html
織田作之助 猿飛佐助 (青空文庫)
詞花、千載、新古今の五つを加えて、世にいう八代集をはじめ、源実朝卿の金 槐 ( かい ) 集、西行坊主の山家集、まった吉野朝三代の新葉集にいたるまで、凡そ歌の 書 ( ふみ ) にして、ひも...
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