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かまくら-ばくふ 5 【▼鎌倉幕府】
源頼朝が鎌倉に開いた日本最初の武家政権。守護・地頭が設置された1185年から1333年までの約150年間存続。源氏の将軍は頼朝・頼家・実朝の三代で滅び、以後は摂家将軍・親王将軍が立ったが、実権は代々執権職を継いだ北条氏が握った。中央に侍所・政所(まんどころ)(公文所(くもんじよ))・問注所の諸機関を設け、全国各地に守護・地頭を置き封建制国家を確立した。
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鎌倉幕府
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/08 11:55 UTC 版)
鎌倉幕府(かまくらばくふ)は、源頼朝が鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)に創設した武家政権(幕府)である。
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- ^ 国史大辞典編集委員会編『国史大辞典 3』(吉川弘文館、1983年)549頁
- ^ これら学説については井上光貞前掲書、国史大辞典編集委員会編前掲『国史大辞典 3』などに詳しい。
- ^ 阿倍猛、佐藤和彦編『人物でたどる日本荘園史』(東京堂出版、1990年)参照。
- ^ 『百錬抄』寿永二年十月二十二日条によれば「十月十四日、(中略)東海・東山諸国の年貢、神社仏寺ならびに王臣家領の庄園、元の如く領家に随うべきの由、宣旨を下さる。頼朝の申し行いに依るところ也。」と記されている。『百錬抄』寿永二年十月二十日条参照。
- ^ 『吾妻鏡』には文治元年(1185年)10月18日以降の記述によれば「廿八、丁未、補任諸国平均守護地頭、不論権門勢家庄公、可充 課兵粮米段別五升之由、今夜、北条殿謁申藤中納言経房卿云々」とあるように、数度に渡り北条時政を通じて荘園公領を問わず反別五升の兵粮米の徴収権を与えられることを奏請した。さらに、九条兼実の日記『玉葉』によれば「二十九日、戊申、北条殿申さるるところの諸国守護地頭兵粮米の事、早く申請に任せて御沙汰あるべきの由、仰せ下さるるの間、帥中納言勅を北条殿に伝えらると云々」と記されている。『吾妻鏡』文治元年十二月六日条、『玉葉』『吉記』文治元年十二月二十七日条。参照。
- ^ 高橋富雄著『征夷大将軍 もう一つの国家主権』(中央公論社、1987年) 73、74頁参照。
- ^ 鎌倉市. “鎌倉市のみどころ「大倉幕府」 かまくら GreenNet” (日本語). 2009年10月6日閲覧。
[続きの解説]
「鎌倉幕府」の続きの解説一覧
- 1 鎌倉幕府とは
- 2 鎌倉幕府の概要
- 3 存立原理と幕府機構
- 4 関連史料
鎌倉幕府に関連した本
- 鎌倉幕府の成立―鎌倉時代 (小学館版 学習まんが―少年少女日本の歴史) あおむら 純 小学館
- 北条氏と鎌倉幕府 (講談社選書メチエ) 細川 重男 講談社
- 日本の歴史 (7) 鎌倉幕府 (中公文庫) 石井 進 中央公論新社
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