ひらいずみ〔ひらいづみ〕【平泉】
〒314-0146 茨城県神栖市平泉
平泉
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平泉(ひらいずみ)は、日本の東北地方、岩手県南西部(古代の陸奥国磐井郡)にある古くからの地名であり、現在の岩手県西磐井郡平泉町の中心部にあたる[1]。
注釈
- ^ 自然遺産も含めた全体では16番目。同じ年に「小笠原諸島」も登録されたが、世界遺産センターの公式発表は、小笠原諸島が6月24日、平泉が6月25日である(cf. Japan's Ogasawara Islands on UNESCO's World Heritage List, Barbados enters World Heritage List with Bridgetown and its Garrison; Hiraizumi (Japan) and Germany's Beech Forests also inscribed. いずれも世界遺産センターによるプレスリリース)。
- ^ この頃の遺跡として、2005年に衣川流域で接待館遺跡をはじめとする衣川遺跡群が発見された(斉藤 (2011) pp.50-53)。
- ^ 毛越寺に含まれていた観自在王院跡が独立して1件と数えられるようになったため、当初の9件から1件増えている(佐滝 (2009) p.150)
- ^ 特別史跡と特別名勝の両方の指定を受けていることは間違いないが、厳密には「二重指定」ではなく特別史跡「毛越寺境内」と特別名勝「毛越寺庭園」は別件で指定されている。実際に特別史跡と特別名勝の重複指定を受けている例としては、「小石川後楽園」「鹿苑寺庭園」「厳島」などがある。
- ^ 寺塔と堂塔は同じもの。禅房(禅坊)は僧房(僧坊)と同じ(cf. 高橋 (1999) p.49)。
- ^ 国指定文化財等データベースでは、春と秋の彼岸の頃とされているが、斉藤 (2011) では盂蘭盆会とその翌日(清衡の命日)となっている(同書 p.77)。
参照元
- ^ 『コンサイス日本地名事典』第4版、三省堂、2005年
- ^ a b c d e トピックス(岩手県教育委員会)
- ^ 高橋 (1999) pp.30-32
- ^ 斉藤 (1992) p.44
- ^ 高橋 (1999) pp.32-34
- ^ 斉藤 (2011) pp.50-53
- ^ 斉藤 (2011) pp.63-66
- ^ 斉藤 (2011) pp.75-81
- ^ 高橋 (1999) p.46
- ^ 斉藤 (2011) p.88
- ^ 斉藤 (1992) p.58
- ^ 村上 (1976) pp.93-94
- ^ 斉藤 (2011) pp.47-48
- ^ 斉藤 (2011) pp.42-44
- ^ 斉藤 (2011) pp.38-43
- ^ 高橋 (1999) pp.78-79
- ^ 世界遺産アカデミー (2005) p.233
- ^ a b c d 2008年時点での推薦物件の概要 (PDF) (2011年7月1日閲覧)
- ^ “トピックス index02”. 平泉からHIRAIZUMIへ. 岩手県. 2016年9月28日閲覧。
- ^ a b c d 稲葉 (2009) pp.33-34
- ^ 佐滝 (2009) pp.153, 157
- ^ a b 補足説明の概要 (PDF) - 岩手県庁(2011年7月1日閲覧)
- ^ 世界遺産センターの決議文(英語、2011年7月1日閲覧)
- ^ 佐滝 (2009) p.167
- ^ 佐滝 (2009) pp.154-156. なお、p.155には「平泉ショック」という見出しを掲げた新聞記事の写真がある。
- ^ 佐滝 (2009) p.184
- ^ 佐滝 (2009) p.156
- ^ 佐滝 (2009) p.158
- ^ 佐滝 (2009) p.159
- ^ 佐滝 (2009) pp.147-150, 160-161
- ^ 日本ユネスコ協会連盟 (2011) p.34, “トピックス index03”. 平泉からHIRAIZUMIへ. 岩手県. 2016年9月28日閲覧。
- ^ a b イコモスからの主な指摘の概略 (PDF) (2011年7月1日閲覧)
- ^ Barbados enters World Heritage List with Bridgetown and its Garrison; Hiraizumi (Japan) and Germany's Beech Forests also inscribed(世界遺産センターのプレスリリース、2011年6月25日)(2011年7月1日閲覧)
- ^ a b c d e f 第35回世界遺産委員会における「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-」の審議結果について(第二報) (PDF) - 岩手県庁(2011年7月1日閲覧)
- ^ “岩手県庁によるスピーチ稿” (PDF) (日本語・英語). 岩手県. 2011年7月1日閲覧。 “注:引用に当たり、全角数字を半角数字に改めた。”[リンク切れ]
- ^ “達増知事が「東北復興平泉宣言」を発表しました!”. いわて平泉世界遺産情報局. 岩手県. 2011年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月6日閲覧。
- ^ a b c 平泉の文化遺産
- ^ 世界遺産センターが公表している構成資産リスト(2011年7月1日閲覧)による。
- ^ 『日本史小辞典』新版、山川出版社、2001年
- ^ 世界遺産アカデミー (2005) pp.234-236
- ^ 斉藤 (1992) p.116, 高橋 (1999) p.64
- ^ 世界遺産アカデミー (2005) p.235
- ^ 斉藤 (1992) pp.117-119, 高橋 (1999) pp.65-70
- ^ 日本ユネスコ協会連盟 (2007) 『世界遺産年報2007』 日経ナショナルジオグラフィック社、p.49
- ^ 中尊寺金色堂覆堂(国指定文化財等データベース)(2011年7月1日閲覧)
- ^ 『週刊朝日百科 日本の国宝』98号(朝日新聞社、1999)、pp.10 - 229, 10 - 239
- ^ 『小学館ウイークリーブック週刊古寺をゆく4中尊寺』(小学館、2001)、p.16
- ^ 世界遺産アカデミー (2005) pp.235-236
- ^ 斉藤 (1992) p.230
- ^ a b 世界遺産アカデミー (2005) pp.236-237
- ^ 斉藤 (1992) pp.116, 128 ; 高橋 (1999) p.49
- ^ 観自在王院跡(国指定文化財等データベース)(2011年7月1日閲覧)
- ^ 斉藤 (2011) pp.76-77
- ^ 高橋 (1999) pp.80
- ^ 無量光院跡(国指定文化財等データベース)(2011年7月1日閲覧)
- ^ 金鶏山(国指定文化財等データベース)(2011年7月1日閲覧)
- ^ 遺産拡張見通せず 平泉世界遺産登録、29日で7年岩手日報 2018年6月29日
- ^ 斉藤 (2011) pp.33-35
- ^ 斉藤 (1992) pp.64-67
- ^ 達谷窟(国指定文化財等データベース)(2011年7月1日閲覧)
- ^ “世界遺産登録候補地 白鳥舘遺跡”. 奥州市観光サブサイト. 奥州市 (2011年9月22日). 2016年9月28日閲覧。
- ^ “世界遺産登録候補地 長者ヶ原廃寺跡”. 奥州市観光サブサイト. 奥州市 (2013年6月4日). 2016年9月28日閲覧。
- ^ a b 佐滝 (2009) p.149
- ^ 骨寺村荘園遺跡(国指定文化財等データベース)(2011年7月1日閲覧)
- ^ 一関本寺の農村景観(国指定文化財等データベース)(2011年7月1日閲覧)
- ^ 佐滝 (2009) pp.149, 152
- ^ 「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」の世界遺産一覧表への記載推薦に関する国際記念物遺跡会議(イコモス)の評価結果及び勧告について(第二報) (PDF) - 文化庁(2008年5月23日発表)(2011年7月1日閲覧)
- ^ 平泉世界文化遺産 拡張登録検討委員会 追加構成資産 夏までに方向性<岩手・平泉町> 岩手めんこいテレビ 2022年3月20日(2022年3月21日閲覧)
平泉の世界遺産、増やすには… 5資産、難航する新たな根拠提示 岩手日報 2022年5月14日(2022年5月16日閲覧) - ^ 柳之御所遺跡のみ 平泉の文化遺産 拡張登録 構成資産 検討委 岩手日日新聞 2022年8月19日(2022年8月21日閲覧)
- ^ 岩手県 世界遺産「平泉」拡張登録 記載は柳之御所遺跡のみ テレビ岩手 2023年8月30日(2023年8月31日閲覧)
- ^ 『週刊 日本の世界遺産5』 朝日新聞社 2012年
- ^ 『広報ひらいずみ』№622(平成21年4月号)
- ^ 「平泉の文化遺産」ガイダンス施設(仮称)基本計画 岩手県
- ^ 平泉世界遺産ガイダンスセンター
- ^ 文化庁博物館総合サイト
平泉(ひらいずみ)
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「死がふたりを分かつまで」の記事における「平泉(ひらいずみ)」の解説
角鳳会会長。初回の護の襲撃により負傷し、その後は古村が組の実権を握ったこともあって身を潜めていたが、千治の手引きにより護から再び襲撃を受け、組の解散に追い込まれた。
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平泉
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6番センター。
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平泉
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「近代以前の日本の都市人口統計」の記事における「平泉」の解説
『吾妻鏡』によると鎌倉軍と奥州軍の総勢はそれぞれ28万4千騎、17万騎であったとされるが、これは実数とは認められない。『薩藩旧記雑録』収録の文治5年(1189年)旧暦8月20日の源頼朝から島津忠久への書状には鎌倉方の主力軍が総勢2万人であることが書かれており、『吾妻鏡』の数字は最低でも5倍程度の誇張があると考えられる。 チャンドラーは、平安時代末の鎌倉の都市人口を10万人とし、軍隊の人口比から平泉の都市人口を5万人と推定した。
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平泉
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5月13日 藤原3代の跡を訪ねて平泉(岩手県奥州市)にて。 「三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり」 「国破れて山河あり 城春にして草青みたり」という杜甫の詩「春望」を踏まえて詠む。 「夏草や 兵(つはもの)どもが 夢のあと」 「五月雨の 降り残してや 光堂」 光堂(金色堂)は拝観したが、経堂は別当不在により開帳しなかったと伝えられる。
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平泉(ひらいずみ)
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「境界線上のホライゾン」の記事における「平泉(ひらいずみ)」の解説
奥州藤原氏を存続させる長寿族の隠れ里。黎明の時代の記録を持ち、その出自もあって三国の談合では中心を担った。
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「平泉」の例文・使い方・用例・文例
- 平泉と小笠原諸島が同リストに登録される可能性は高い。
- 岩手県の平泉地区は11~12世紀に東北地方の政治と文化の中心だった。
- 平泉と小笠原諸島を世界遺産として登録するかどうかはそのときに決められる予定だ。
- 平泉の歴史地区は日本で12件目の世界文化遺産である。
- 11~12世紀,平泉は東北地方の政治の中心地として繁栄した。
- 平泉が世界遺産に指定されたというニュースは震災から復興しようとしている人々の励みになるだろう。
- 震災後,平泉では普段よりも観光客が減少している。
- 今や平泉は世界遺産なので,より多くの観光客が訪れることが期待されている。
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