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とよとみ-ひでつぐ 【豊臣秀次】

(1568-1595) 安土桃山時代武将。母は秀吉の姉日秀。賤(しず)ヶ岳の戦い四国小田原攻略戦功をたて、91年秀吉養子となった。のち関白秀頼誕生によって高野山追放自害を命ぜられた。


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豊臣秀次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/05 11:00 UTC 版)

豊臣 秀次(とよとみ の ひでつぐ、とよとみ ひでつぐ) / 羽柴 秀次(はしば ひでつぐ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけてのの武将大名関白




  1. ^ 秀次の幼名は治兵衛が正しいとされ、万丸は他家に養子に出すにあたって創作された名だと推定される。
  2. ^ 六角氏綱の子孫が六角氏の家督を継いだとする佐々木哲の異説に基づく。通説ではそもそも六角義郷が大名として所領を得ていたとは考えられていない。
  3. ^ 『伴天連見聞録 殺生関白行状記』。秀次は刀剣の鑑定を行っていたほか、若江八人衆塩川志摩守・高野越中守に命じて水野孫作を上意討ちにしており、こうした事件が歪められて伝わったものと考えられる。
  4. ^ 秀次の首塚と母日秀の墓がある。
  1. ^ 村川浩平『日本近世武家政権論』p.27
  2. ^ 三鬼、10p
  3. ^ 村川浩平『日本近世武家政権論』p.34
  4. ^ a b c 『太閤秀吉と豊臣一族』p.5
  5. ^ a b c d 『太閤秀吉と豊臣一族』p.6
  6. ^ 『太閤秀吉と豊臣一族』p.1
  7. ^ 川角太閤記
  8. ^ 藤木『織田・豊臣政権』『天下統一と朝鮮侵略』p.358
  9. ^ 笠谷和比古『近世武家社会の政治構造』『関ヶ原合戦』
  10. ^ 秀次の鹿狩りが正親町天皇喪中に行われたという説もある(『太閤秀吉と豊臣一族』p.7)
  11. ^ 戦国人名事典


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