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さだいじん 2 【左大臣】
(1)律令制で、太政官の官名の一。太政大臣の下、右大臣の上に位置し、太政官の政務を統括する。ひだりのおおいもうちぎみ。ひだりのおとど。
(2)明治初期の最高官職の一。1869年(明治2)天皇を補佐して大政を統理するため、右大臣とともに設置された。85年内閣制度の制定により廃止。
(2)明治初期の最高官職の一。1869年(明治2)天皇を補佐して大政を統理するため、右大臣とともに設置された。85年内閣制度の制定により廃止。
さだいじん 2 【左大神/左大臣】
ひだり-のおおいもうちぎみ ―おほいまうちぎみ 【左〈大臣〉】
⇒さだいじん(左大臣)
ひだり-のおとど 【左〈大臣〉】
⇒さだいじん(左大臣)
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左大臣
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/28 16:47 UTC 版)
左大臣(さだいじん)は、朝廷の最高機関、太政官の職の一つ。唐名は「左府」「左丞相」「左相国」「左僕射」「太傅」。和訓は「ひだりのおおいもうちぎみ/ひだりのおとど」。定員1名。官位相当は正・従二位。太政大臣と左・右大臣(後に左・右大臣と内大臣)とを総称して、三公・三槐と呼ぶ。
- ^ 『公卿補任』は田麻呂の左大臣任官のことを載せるが、『続日本紀』にはこれに当該する記事がなく、延暦2年(783年)3月に現職右大臣のまま薨去したとする。
- ^ 異説として、12月28日(897年2月3日)説や同月29日説がある。
- ^ 異説として、6月20日(1395年7月7日)説がある。
- ^ 『公卿補任』『諸家伝』は昭実の左大臣任官のことを載せるが、『二条家譜』にはこのことは見えず、そのまま右大臣に留任したとされる。天正13年2月12日(1585年3月13日)の関白宣下の際に昭実は「右大臣」としてこれを受けているので、『家譜』の説を採用すべきであろう。したがって、この期間の左大臣は空位であったと考えられる。
- ^ この他、日野資朝や北畠顕家が南朝において左大臣を追贈されたとする説がある。
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