鉄道の電気車における回生失効
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/25 17:01 UTC 版)
「回生ブレーキ」の記事における「鉄道の電気車における回生失効」の解説
回生失効とは、回生ブレーキにおいて回生出力に対する負荷が確保できず、制動能力が低下または無効となる現象である。時に鉄道の電気車(常に架線から集電するもの)においては、集電装置の離線や返却先である架線の電圧が極端に高い場合、また返却した電力を消費する列車がない場合に発生する。これが起きるとほぼ完全にブレーキが利かなくなる。 この現象は特に直流電化されている路線で発生しやすい。これは交流電化に比べて直流電化では「饋電(きでん)」区間が短いという要因にもよるが、直流変電所において交流から直流への変換にダイオードブリッジ(シリコン整流器)が用いられていることに起因する。ダイオードブリッジは電流の流れる方向を規制するその機器の特性上、交流から直流へ変換することはできても、直流から交流へ逆変換することはできない。そのため回生ブレーキによって発電した電力は、変電所を通じて直流→交流となることはなく、特に対策を施さない場合は同じ変電所の同じき電区間内に電力を消費する他の「負荷」がなければ回生ブレーキは作動せず、「回生失効」となる。 また、交流電化区間であっても、離線やデッドセクションを通過する場合には回生失効が発生する可能性がある。 この回生失効現象が発生した場合、回生ブレーキ性能が大幅に低下、または無効化する。また、回生ブレーキを使用しない車両と併結している場合に、車両間で制動力に大きな差が生じ、いわゆる「ドン突き衝動」が起こる。このため、以下のような対策がとられている。 車両側 発電ブレーキを併設する。抵抗器を装備し、回生失効時には発生電力の返却先を架線から抵抗器に切り替えることにより、発電ブレーキとして機能させる。 回生ブレーキを完全に切り、空気ブレーキ(摩擦ブレーキ)のみに切り替える。失効してすぐ空気ブレーキを立ち上げたり、増力させる、またこれらの現象を考慮し、運転士が任意に回生ブレーキを止めることができるスイッチ(回生開放スイッチ)を設けるなど。圧力計が振れるので切り替えが分かりやすい。 集電装置を複数搭載、あるいは母線引き通しにより複数車両間で共通回路とする。 発電ブレーキの併設は、近鉄大阪線のように山間で急勾配が長距離に渡って続く区間を擁し、回生失効によるブレーキ力低下が重大事故につながる危険性のある路線で使用される車両を中心として、フェイルセーフ性を確保する目的で行われている。抵抗制御をベースとした制御方式(直巻他励界磁制御、界磁チョッパ制御、界磁添加励磁制御)では元々電圧制御段が抵抗制御であるため、従来通りこれを発電ブレーキの抵抗として使用できるが、電機子チョッパ制御、サイリスタ連続位相制御、VVVFインバータ制御、及び日本では主流に至らなかった回転式位相変換器を用いた交流電動車の場合は、専用に抵抗器を搭載する必要がある。また、抵抗制御を使用している車両であっても通常よりも大容量の抵抗器を搭載するケースが少なくない。集電装置の離線による回路切断で発生する回生失効は、集電装置を複数搭載とすることである程度抑止が可能である。このため、回生ブレーキ非搭載の車両ではパンタグラフ1基搭載を原則とする路線であっても、回生ブレーキ搭載車に限ってはパンタグラフ2基搭載とするケースが少なくない。また、各車のパンタグラフ搭載数が各1基であっても、各車間の集電装置と制御器の間の母線を連結し1つの給電系統にまとめることで、同様の効果を得ることができる。ただし、この母線引き通しは編成両端の集電装置間の距離がき電区間の境界となるデッドセクションの長さを超えることはできない。 周辺設備 変電所に回生電力を吸収する装置を設置する。 具体的な機器としては、古くは変電に用いられる回転変流機に交流・直流間の電力相互変換が可能な性質があるため、これが用いられていた。しかし、静止形の変換器のうち、現在主流のシリコン整流器(シリコンダイオード)は電流を一方向にのみ流すというダイオードの性質を利用した整流方法からも明らかなように、この性質は備わっていない。このため、発生する電力を抵抗器で熱エネルギーのかたちで放出させるか、インバータなどを使用して給電側に電力を帰す回生電力吸収装置を別途設置している(南海高野線や近鉄大阪線など)。また、かつての京阪京津線のように高頻度運転を実施する他線区(京阪本線)のき電系統へ供給し、そちらを走行する列車に消費させることで発生電力を吸収するケースも存在した。このほか、京浜急行電鉄のように、回生電力の有効活用を目的にフライホイール式電力貯蔵装置を設置したり、近年では、キャパシタや蓄電池を利用したりする事例も存在する。 直流1,500Vき電システムの場合、上限電圧は1,850Vに定められているので、変電所ごとに電圧監視をして設定した電圧(1,700V前後)に達するとインバータ(直流→交流50/60Hz一定、電圧も一定)→変圧器→自社送電線→駅や信号機の電力として使う。抵抗器は設定値をオーバーした場合に抵抗を並列に入れて消費するために用いられる。この抵抗式は小規模な路面電車や通過する列車本数の少ない区間などで使われる。 なお自動車におけるハイブリッドカー・EVにおいても回生失効は存在しており、バッテリーが満充電状態となると回生ブレーキは失効する。特にバッテリー容量の小さいマイルドハイブリッドにおいては頻繁に起きる現象である。マイルドハイブリッドの草分であるホンダ・インサイトの発売当時はブレーキアシストの技術が未発達だったこともあり体感できるほどブレーキ力が落ちる事があったが、現在はブレーキアシスト技術の応用で回生失効時には油圧ブレーキを自動的に増圧するようになっており、ドライバーが回生失効を意識する必要はほぼなくなっている。
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