製作の変遷
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「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」の記事における「製作の変遷」の解説
1994年〜1996年、1度目の制作発表〜頓挫 『宇宙戦艦ヤマト 完結編』の続編として、1994年に最初の製作発表がなされた。大まかなストーリーや設定がメイキングビデオ『ヤマト・我が心の不滅の艦(ふね)-宇宙戦艦ヤマト胎動篇-』(『YAMATO2520』の項目を参照)や、2000年代前半のプロデューサー西﨑義展の不祥事による公判時に西﨑の支援者などによって開設されたウェブサイト(#外部リンクの「西﨑義展の手記」参照)で公開されており、ストーリー原案として作家で政治家の石原慎太郎・東京都知事(当時)が製作に参加することが話題となった。 この時はまだ松本零士が参加しており、古代進や真田志郎、佐渡酒造など『復活篇』用のキャラクターのデザインを描き起こしていることが『胎動編』で語られている。また、『胎動編』ではほかに、アニメーションディレクターとして高山秀樹、アートディレクターとして辻忠直、作画監督として大倉雅彦、キャラクターデザインとして北爪宏幸、メカニックデザインとして小林誠が紹介された。いずれも過去の、あるいは後年のヤマトシリーズに携わっている人物だが、このうち2009年公開の『復活篇』に主要スタッフとして続投したのは高山と小林だけである。 カスケードブラックホールによって地球が危機に陥り、移民を始めた地球人類が宇宙連合軍に襲われるというストーリーや、6連波動炉心や電算室を備えたヤマトの設定・デザインなど、『復活篇』の基本部分は『胎動編』の時点でほぼ固まっている。 製作会社のウエストケープコーポレーションは、1995年よりOVA『YAMATO2520』をリリースしたものの、それ以前より資金難に陥っており、1996年に「宇宙戦艦ヤマトシリーズ」の著作権などを東北新社に譲渡した。譲渡契約においては、新作を製作する権利は西﨑に留保されている。さらに1997年には、債権者である三井ファイナンスサービスがウエストケープコーポレーションおよび同社社長でもあった西﨑に対し、破産を申し立てた。これが認められたため、同年9月に両者は破産し、本作の製作は中止となった。また、製作中の1995年に古代進役の富山敬が逝去しており仮に予定通り制作されていた際、冨山の後任声優が誰であったかは不明である。(完成版では富山の持ち役の多くを引き継いだ山寺宏一が担当。) 2004年、2度目の制作発表〜フェードアウト その後、西﨑と松本は民事訴訟を経て、2003年に西﨑がこれまでの「宇宙戦艦ヤマトシリーズ」を利用した新作『復活編』(仮題)を、松本がこれまでのヤマトシリーズとは関係の無い新作『大銀河シリーズ 大ヤマト編』(仮題)を、各自が個別に製作すると相互に確認した。しかし、松本が製作する新作作品についてはヤマトシリーズに登場した設定、キャラクターなどを使用することを含むヤマトシリーズに類似した作品を製作する場合は著作者人格権者である西﨑の承諾が必要とされた。しかし西﨑は、松本の作品を『宇宙戦艦ヤマト』の類似作品と断定し、製作を許可しなかった。なお、西﨑から著作権を譲渡された東北新社はこの合意に参加しておらず、ニュースリリースで自社の独自の権利を主張した。しかし、前出の1996年の西﨑と東北新社間における著作権譲渡契約において、新作続編を製作する権利は西﨑に留保されているにもかかわらず東北新社の権利主張はそれを翻意した発表だった。 2004年7月には、西﨑から製作委託を受けた西﨑の養子・西﨑彰司が経営する「株式会社エナジオ」が、新作映画『新宇宙戦艦ヤマト 復活編』(仮題)を2006年に公開すると発表した。同社サイトにはその公式ページも開設され、東北新社と協議に入ったとされたが、彰司が掲げた公開プランの無謀さは非難の的になり実現することは無かった。なお、この時点でキャラクターデザインとして第1作を手掛けた岡迫亘弘が起用されたが、数枚のデザインを描いたのちにプロジェクトから降板した。 2008年〜2009年、3度目の制作発表〜正式公開へ 2008年7月31日、西﨑は東京都練馬区内にて「ヤマトスタジオ」のスタジオ開きと2009年中の公開を目指した本作の製作を正式に発表し、その場で「宮崎駿の『崖の上のポニョ』を超える作品にしたい」と抱負を語った。スタッフは総監督に舛田利雄、総作画監督に湖川友謙と、かつてのヤマトスタッフが顔を揃えている。製作会社は2004年の発表時と同じく、株式会社エナジオとなる。 2009年3月18日、東北新社が本作に関する情報を「東京国際アニメフェア2009」の自社出展ブースにて公開。同年5月中旬には公式サイトが開設され、5月18日には東宝の正月作品として12月12日に公開されることが決定したと発表された。西崎はその中で、「地球が救われるか、破滅するか、2種類の結末を考えている」と述べている。 2009年11月28日には、東京国際フォーラムで開催された完成披露試写会で2時間13分のバージョンを上映後に約15分のもうひとつの結末を上映し、観客4000人が携帯電話で投票した結果で公開版エンディングが決められた。ちなみにWebで公開された1993年発表版の基本構成案では3部構成で、地球は消失し、第2部でヤマトが別宇宙に行き、第3部で地球と再会する予定だった。 制作期間には約1年半を費やしており、携わった制作スタッフは約900名で、その中におけるCG制作スタッフは約130名。全1850カットのうち、CGカット数は750カットに及んでいる[要出典]。 エンディングクレジットでは最後に「第一部完」とテロップが出ており、続編の構想があることが示唆されている。 BD/DVD/UMDは2010年7月23日に発売、レンタルは6月4日から開始。 2012年、ディレクターズカット版の公開 2012年1月28日より2月3日まで新作カットを追加し再構成、東宝・劇場公開版とは異なるエンディングの『ディレクターズカット (DC) 版』を、シネマート新宿・心斎橋の2館で劇場レイトショー公開し、2012年3月23日にBlu-ray/DVDを発売。未公開シーン・新作カットの追加、アナザーエンディングへの変更、音響パートの一新(柏原満による旧シリーズでの効果音を使用)、音楽配置の変更(ヤマト発進時のアルフィー歌唱のテーマソング「宇宙戦艦ヤマト 2009」のインストゥルメンタルへの変更など)などがされている。ディレクターズカット版は劇場上映版より時間が短くなったが、「復活篇コンプリートボックス」の記載から当初は2時間半から2時間45分ほどの時間を想定していたようである。
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