終了時以前の長期にわたったコーナー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 06:38 UTC 版)
「コサキンDEワァオ!」の記事における「終了時以前の長期にわたったコーナー」の解説
コサキンNEWS WEEKLY→コサキン's EYE!→コサキン's レポート 番組冒頭のフリートークのコーナー。二人の近況や興味あることなど約20分語り合う。「コサキンおしゃべり情報局」とほぼ同内容。 意味ねぇベスト3→意味ねぇしりとり→コサキン用語辞典→コサキン人名辞典→コサキン新語辞典→コサキンことわざ辞典 リスナーからのネタ投稿コーナー。各企画ごとに形式はあるが、基本的に内容は何でもあり。しりとり以降は、毎週決められた頭文字から始まるネタを募集した。途中から辞典となっているが結局ベスト3ネタなどが寄せられていた。過去のコサキン本のほとんどは、これらのコーナーで採用されたネタで構成されている。 ラビーの絶叫コーナー 『欽グルス』時代から放送された、関根が進行役として投稿ハガキを読む唯一のコーナー。おハガキ列島の一部として、テーマ投稿の前にネタが紹介された。最初は「絶叫ベスト5」として「アメリカザリガニよ、英語をしゃべれー!」といった意味ねぇ一言ネタを関根が絶叫していた。『無理矢理100%』以降は意味ねぇ会話ネタが主流となり、「人まちがい」「タクシーの運転手と客の会話」「店員と客の会話」などのシリーズが生まれた。『無理矢理100%』時代に終了するが、その後もおハガキ列島のテーマとして意味ねぇ会話が登場したり、「ライルの遠吠え」として企画が復活したりするなど、定番ネタのひとつとなっていた。 リスナーの電話参加企画 番組開始当初から電話によるリスナー参加型企画があり、様々なコーナーが放送された。リスナーが物まねを披露する企画とクイズ企画がほとんどで、初期には関根の演じる物まねを当てる「物まねクイズ・似てね〜!」という企画もあった。特に「意味ねーイントロ&曲当て(替え歌)クイズ」は、後述する関根が歌う意味ねぇ替え歌が多数登場し、人気を博した。後期は、最近の放送内容から出題する「クイズコサキン知ってれホン」 が長年放送されたが、2004年9月の同コーナー終了をもって電話参加企画も終了した。 浅井企画所属の若手芸人が出演したコーナー 『快傑アドレナリン』時代に、当時ピン芸人だったウド鈴木がレギュラーコーナーを担当し、その後キャイ〜ン、La.おかきがメインを務めるコーナーがそれぞれあった。それ以降は週替わりで若手芸人(あさりど、エネルギー、イワイガワ、しゅく造め)がネタを披露する「コサキンヤング部」「コサキンヤング部24(ツー・フォー)劇場」が番組末期まで放送された。最末期には、前述の「月刊浅井ニュース」が不定期で放送された。『無理矢理100%』時代には「ルー大柴のパックインミュージック」「ラッキィ池田の2時2時ダンス」といったコーナーもあったほか、当時浅井企画社員の五社勇や川岸咨鴻らがレギュラー出演したコーナーまであった。 コサキン本タイトルコーナー コサキン本発売のたびにタイトル案を募集するのだが、実際に発売された以降も「次回発行時のために」とタイトル案を募集し続けるコーナーに変化。当時すでにコサキンを離れていた構成作家の楠野一郎をネタにした作品が多く、代表的なものには「LF一郎」「お台場一郎」「反町クスノ」「クスノ・ボンバイエ」「レオナルド・ディカ・クスノ」などがある。しかし、結局当初の目的であった本のタイトルについては「ポヨヨーン」「モレッ」等シンプルなタイトルに決定し、リスナーからのネタが採用されることは一度も無かった。とはいえ秀作も多かったことから、後にこの時のネタ作品だけを収録した「コサキン本タイトル集 クスノ」が発売されることになった。 鮪川鯛一(まぐろがわたいいち)のGoGo遊園地ツアー 鮪川鯛一とは、番組の構成を担当する有川周一がサザエさんに出演したらこういう役名になるだろう、というリスナーのネタから生まれたキャラクター(魚偏をつけると有は鮪、周は鯛になる。命名は1990年4月11日放送分にて)。有川を遊園地に連れて行き、ジェットコースター等の絶叫マシンに乗せ、その怖がる様を鑑賞する企画が生まれ、以後、恒例となった。レイティング週間によく行われ、有川への罰ゲームとして行われたこともあった。「ちっとも楽しくない〜!」「ジャ〜ジャ〜ジャ〜ジャ〜!」「ウチ帰るよぉ〜!」「男! 結構、男!」等、数多くの名言が生まれた。この企画での音声を下町兄弟がリミックスしたものがCD『有川君の絶叫』として1995年9月21日に発売された(オリコン最高位83位)。さらには映像を収録したDVDの発売や、有川の絶叫が携帯の着信音にもなるなどの拡がりを見せていた。 遊園地ツアーが行われる経緯として、小堺が『いただきます』の放送を鹿児島で行うため、コサキンの収録も鹿児島から行うことになった。しかし、放送当日の天候が悪く、当日に移動した関根と有川が乗った飛行機が羽田空港へ引き返してしまった。その際、飛行機が揺れ、有川の異様な怖がりが発覚。その日は鹿児島と東京からの二元放送を行う旨を告知する関根と、怖がっている有川の様子(その際、関根は有川に向かって「うるさいよ」と言っている)を録音したテープを放送したところ、リスナーに大受けした。その影響もあり、CD大作戦では有川の絶叫する模様がネタとして多用された。 最後のGoGo遊園地ツアーは、2006年9月30日の放送で漫画家の秋本治から「富士急ハイランドの『ええじゃないか』に乗って欲しい」と提案されたもので、有川が「富士急ハイランド行くぞ! 必ず行くぞ! 楽しみにしててね! 絶対裏切らないよ!」と番組内で約束した。2007年4月7日・4月14日の2週に渡って「GoGo遊園地ツアーin富士急ハイランド」が行われたが、秋本との約束であった肝心の「ええじゃないか」搭乗は、天候急変(みぞれ)のため延期となり、(結果的に)再挑戦を果たせぬまま番組そのものが終了する格好となってしまった。
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