石川啄木の資料の保存とは? わかりやすく解説

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石川啄木の資料の保存

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 07:19 UTC 版)

岡田健蔵」の記事における「石川啄木の資料の保存」の解説

宮崎郁雨#啄木の死後」も参照 函館ゆかりの歌人である石川啄木1912年死去した後、翌1913年大正2年)、岡田は自ら中心となって一周忌追悼会を市立函館図書館内で開催した同年啄木義弟でもある宮崎郁雨と共に啄木まつわる貴重な資料維持保存のための団体として「函館啄木会」を組織し幹事1人務めた。そして同会最初の仕事として、図書館館内に「啄木文庫」を設け岡田収集宮崎寄贈による図書類収め啄木業績後世に残すべく尽力した啄木文庫所蔵資料は、開設当初は『一握の砂』『悲しき玩具』、そして第1詩集あこがれ』のわずか3種であった追悼翌日岡田入院であった啄木の妻である節子夫人見舞い啄木遺稿寄贈申し入れた節子死去の同1913年、その遺志に基いて日記などの遺稿類が図書館寄贈された。こうして図書館内に保存され啄木資料は、先述通り函館大火の際も鉄筋構造岡田尽力によって守られ、『啄木日記』など重要な資料が後に伝えられる至ったまた、1913年岡田は、前述した2度目帝国図書館視察の際、節子夫人宮崎郁雨依頼のもと、啄木彼の一族遺骨引き取り函館持ち帰った。これは啄木宮崎宛てた手紙に「死ぬときは函館死にたい」とあったことが理由とされる岡田遺骨節子引き渡したものの、改め節子から遺骨保管依頼されたため、周囲から「気持ち悪いと言われることも構わずに、図書館内に遺骨保存していた。 節子夫人没後岡田宮崎は彼女を含む一族墓碑建設計画取りかかった函館市図書館建設方針巡って市会対立し続けていたときも、岡田墓碑建設計画絶え勘案していた。毎年忌日には、啄木追想行事続けた啄木忌は、数十年の間には諸々事情参加者が減ることもあったが、岡田宮崎だけは常に出席し続けた。また石匠選定をはじめ、工事に関する一切岡田引き受けた。そして1926年大正15年)に啄木一族の墓が函館立待岬建立されるに至った節子夫人から寄贈され遺稿のうち『啄木日記』については、岡田非公開姿勢貫いていた。啄木最晩年親交のあった丸谷喜市は、啄木が「自分死後日記出版したい奴が現れたら、日記全部焼いてくれ」と遺言したと言い図書館ある日記をすべて啄木遺児である長女返却するよう要求した1926年大正15年)に日記啄木遺児宛て返却するよう求めたが、岡田は「職務上の責任感と、啄木明治文壇重要な存在であるから焼却には反対する」と返した。しかし1939年昭和14年)頃、啄木全集刊行などによって、当初少数関係者が知るのみだった日記存在次第公になり、日記公開求め世間動きが活発し、『東京日日新聞』『報知新聞』など新聞各紙相次いで公開キャンペーン行なった。これに対し岡田同年4月NHKによる全国放送通じ日記焼却および公開否定する意思表面化し世間から大きな反響呼んだ1944年岡田死去により日記公刊阻むものがなくなったことで、1948年から1949年石川正雄(啄木長女京子の夫)の編で世界評論社から啄木日記(全3巻)が出版される至った。なお晩年に入院した岡田は、病床での1年間療養生活の間、啄木の『小天地』の合本を常に枕元に置き、片時も離すことはなかったという。 岡田十三回忌の後、函館図書館児童図書室利用者でもあった歌人土井多紀子ら中心となり、岡田仕事継承函館文化上への寄与のための団体として、岡田雅号図書裡(としょり)」にちなんで「図書裡会」が結成された。1957年昭和32年)にこの図書裡会により、岡田功績称える目的で、前年函館訪れた与謝野寛与謝野晶子夫妻歌碑立待岬設置された。碑には晶子詠んだ啄木草稿岡田先生の顔も忘れはこだてのこと」が刻まれており、この「岡田先生」とは岡田健蔵のことである。

※この「石川啄木の資料の保存」の解説は、「岡田健蔵」の解説の一部です。
「石川啄木の資料の保存」を含む「岡田健蔵」の記事については、「岡田健蔵」の概要を参照ください。

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