真田太平記 (テレビドラマ)
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『真田太平記』(さなだたいへいき)は、1985年(昭和60年)4月3日から1986年(昭和61年)3月19日まで、NHK総合テレビの「新大型時代劇」枠で放送された連続テレビドラマ[1]の第2作。主演は渡瀬恒彦。全45話。
注釈
- ^ クレジットでは於市と記されている場合もある。
- ^ クレジットでは梅と記されている場合もある。
- ^ クレジットでは藤兵衛と記されている場合もある。
- ^ クレジットでは七佐衛門と記されている場合もある。
- ^ クレジットでは新之助と記されている場合もある。
- ^ クレジットでは回により向井もよと記されている場合もある。
- ^ 甲賀「徳川方」山中忍び頭領:実際の俊房は、豊臣忍びの頭領として豊臣秀吉に仕えた後、秀頼の代になってから徳川家康に鞍替えしている。
- ^ 甲賀「豊臣方」山中忍び頭領:実際の長俊は、柴田勝家の家老を務めたのち、丹羽長秀を経て豊臣秀吉の右筆を務めた。関ヶ原の戦いでは西軍に属して浪人となり、京都で隠棲して慶長12年に没している。
- ^ 徳川家康役の中村梅之助の子。役柄でも親子役を演じている。
- ^ 2006年の『功名が辻』でも同役を演じている。
- ^ 史実では毛利勝永と戦い戦死している。
- ^ 史実の勝永は、いきり立つ兵を抑えるため前線に出たが、兵が堪えきれずに制止を振り切って勝手に進撃したので、已む無く出撃した。
- ^ 官名は弾正少弼だが、本作では息子幸長の官名である「左京(左京大夫)」で呼ばれていた
- ^ クレジットは「清正の使者」の回もある。
出典
- ^ “解説/あらすじ - TSUTAYA online - 真田太平記 DVD”. カルチュア・コンビニエンス・クラブ. 2014年1月23日閲覧。
- ^ “放送批評懇談会 第23回奨励賞受賞作品”. 放送批評懇談会. 2014年1月23日閲覧。
- ^ 「テレビ視聴率季報(関東地区)」ビデオリサーチ。
- 1 真田太平記 (テレビドラマ)とは
- 2 真田太平記 (テレビドラマ)の概要
- 3 概要
- 4 放送
- 5 ソフトウェア(DVD-BOX)
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