発射から月遷移軌道まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/13 02:58 UTC 版)
「アポロ12号」の記事における「発射から月遷移軌道まで」の解説
12号は暴風雨の中、ケネディ宇宙センターから予定通りの時刻に発射された。発射場には現職の大統領であるリチャード・ニクソン (Richard Nixon) が駆けつけていたが、これは史上初めてのことであった。発射から36.5秒後、機体を雷が直撃した。電流はロケットの排煙を伝わり、地面に放電された。機械船の燃料電池のブレーカーはこのとき誤って過負荷を検知し、三つの電池すべてと司令・機械船の機器のほとんどを遮断させた。さらに52秒後にも二度目の落雷を受け、「8ボール」式の姿勢指示器が停止してしまった。管制センターに送られてくる遠隔測定のデータは完全に混乱してしまったが、サターン5型ロケットに搭載されている自動飛行制御装置は影響を受けなかったため、ロケットは正常に飛行を続けた。 燃料電池が3つとも停止したことで宇宙船は完全に緊急用電池に頼らざるを得なくなったが、これは平常時の28ボルトの電圧を発射時の75アンペアという高負荷に保たせることができるものではなかったため、インバータの一つが停止した。この電源トラブルにより計器盤のすべての警告灯が点灯してしまい、ほとんどの機器が「故障」したとの表示がされた。 NASAの伝説的な古参の管制官で、宇宙船への電力や酸素の供給の監視を担当する、「鋼鉄の目を持つミサイル屋」の異名を持つジョン・アーロン (John Aaron) はこのとき、アポロ計画の初期に行われたある試験の結果をおぼえていた。その試験とは、信号調整装置 (Signal Conditioning Equipment, SCE) に電力が送られなくなった状況を再現するものであった。SCEとは、機器から送られてくる一連の信号を宇宙船の計器盤や遠隔測定の符号器に表示するため、標準の電圧に変換するものである。 アーロンは「SCEを補助に切り替えろ」と無線で呼びかけた。これはSCEの電源を予備のものに切り替える操作だったが、かなり分かりづらいものであったため、飛行主任のジェラルド・グリフィン (Gerald Griffin)、宇宙船通信担当官 (Capsule communicator, CAPCOM) のジェラルド・カー (Gerald Carr)、船長のコンラッドらは、すぐにその意味を理解することができなかった。その中で司令船のいちばん右端の席に座っていた着陸船操縦士のビーンだけは、同じような状況を再現した一年前の訓練で、SCEの切り替え操作をしたことをおぼえていた。アーロンの素早い対応と、ビーンが対処方法を記憶していたことにより、緊急脱出用ロケットを作動させて飛行を中止する事態に陥るのは免れることができた。その後ビーンが燃料電池を再起動させ、遠隔測定のデータも復帰したため、発射は無事に続行した。待機軌道に乗ると、飛行士たちは遷移軌道投入のためのサターンロケット第三段S-IVBの再点火に備えて、宇宙船を念入りに点検した。落雷は結局、宇宙船には何ら深刻なダメージを与えてはいなかった。 実はこのとき管制室では、落雷で司令船のパラシュート展開装置の一部が誤って点火してしまったのではないかと懸念していた。もしそうなっていたら、パラシュートを開くための爆発ボルトが作動しなくなり[要出典]、司令船は太平洋に叩きつけられ三人の飛行士は間違いなく即死することになる。だがこの時点においては本当に点火したのかどうかを確かめる手段はなく、また点火していたと確認できたとしても対処の方法があるわけでもないため、管制室はこの懸念を飛行士には伝えないことに決定した。結局、パラシュートは飛行の最後に正常に展開し、飛行士たちは無事太平洋に着水した。 第三段S-IVBは着陸船を切り離した後、 太陽を周回する軌道に投入されることになっていた。地上からの指令で補助推進装置に点火し、タンク内に残った燃料を放出して速度を落とし、月の後縁を通り過ぎるように軌道が変更された (アポロ宇宙船は常に前縁を通る軌道で月に接近していた)。これによって月の重力によるスイングバイ効果を受けて速度が上昇し、太陽を回る軌道に乗るはずだったのだが、このときロケットの自動飛行制御装置の中で状態状態ベクトルに小さなエラーが発生した。その結果、月面を通過するときの高度が予定よりも高くなりすぎてしまい、地球脱出速度に到達することができなかった。最終的にS-IVBは1969年11月18日に月を通り過ぎた後、暫定的な地球周回軌道に残ることになった。1971年に一時地球周回軌道から脱出したが、31年後の2002年には再び地球の重力にとらえられた。同年9月3日、香港出身のアマチュア天文学者楊光宇 (William Kwong Yu Yeung) によって発見され人工物であることが確認されるまでは、暫定的にJ002E3の小惑星番号が与えられていた。
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