民営化後の運行展開
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「宇和海 (列車)」の記事における「民営化後の運行展開」の解説
1990年(平成2年)夏:臨時特急列車として松山駅 - 宇和島駅間でキハ185系気動車を使用して運転開始。 11月21日:特急「しおかぜ」の一部列車と、急行「うわじま」を統合して定期列車化。キハ181系気動車およびキハ185系気動車により4往復設定。2000系導入に伴う予讃線・内子線の最高運転速度向上により、キハ181系が120km/h、キハ185系が110km/hで運転。最短所要時間は1時間30分、表定速度64.6km/hとなる。 1991年(平成3年)3月16日:「宇和海」が下り1本増発され、下り5本/上り4本になる。 1993年(平成5年)3月18日:「しおかぜ」の8000系電車化によって捻出された2000系気動車を「宇和海」に投入、1往復を除いて松山駅で系統分割したため13往復になる(キハ181系とキハ185系はこの前日限りで「宇和海」運用から撤退)。停車駅を整理し、伊予中山駅・伊予吉田駅を原則通過とし、所要時間短縮が図られる。最短所要時間1時間15分、表定速度77.5km/h。 1994年(平成6年)12月3日:「宇和海」の下り1本を高松発の「いしづち」に変更し、下り12本/上り13本になる。伊予中山駅・伊予立川駅・双岩駅・伊予石城駅の4駅の一線スルー化および弾性分岐器使用により高速化。最短所要時間1時間13分、表定速度79.6km/h。 1995年(平成7年)4月20日:「宇和海」が1往復増発され下り14本/上り15本に。これにより日中は1時間間隔で運転、全列車を4両編成とする。 1997年(平成9年)3月22日:松山駅を通過する直通利用の需要に応え、「宇和海」の1往復を岡山駅発着の「しおかぜ」に変更し、下り13本/上り14本になる。
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民営化後の運行展開
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「ソニック (列車)」の記事における「民営化後の運行展開」の解説
1995年(平成7年)4月20日:「にちりん」のうち博多駅 - 大分駅間運行の一部列車において883系電車を使用し、当該列車の名称を「ソニックにちりん」に変更(車両は改正前の3月から使用)。 1997年(平成9年)3月22日:「ソニックにちりん」と「にちりん」のうち、博多駅 - 大分駅間の列車を「ソニック」に統一し、所要時間は上り平均2時間7分、下り平均2時間9分に短縮。16往復のうち15往復は883系で運行されたが、始発1号と最終32号の1往復は、485系電車が用いられていた。この列車は、時刻表に「『レッドエクスプレス』で運転」と脚注が付けられており、「ソニック」より30分程度所要時間が長かった。この「ソニック」にもヘッドマークは用意されたが、普段は「にちりん」のものが使われていた。 11月29日:ダイヤ改正で上り平均2時間4分、下り平均2時間6分にスピードアップした。 1999年(平成11年)3月13日:博多駅 - 大分駅間を最速1時間59分で運行を開始。また通勤・通学需要に対応し中津駅 - 博多駅間のソニック101号・102号を設定。
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民営化後の運行展開
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「しまんと (列車)」の記事における「民営化後の運行展開」の解説
1988年(昭和63年)4月10日:瀬戸大橋線開通により、従来高松駅 - 高知駅・中村駅間を結んでいた特急「南風」が岡山駅発着となり、高松駅発着列車をエル特急「しまんと」と改称。当初は3往復。 1989年(平成元年)3月11日:2000系試作車「TSE」が高松駅 - 高知駅間臨時列車1往復に投入。 7月22日:急行「土佐」「あしずり」を格上げして1往復増発され、4往復になる。 1990年(平成2年)11月21日:「土佐」1往復の格上げを含めて計2往復を増発され、6往復になる。 1991年(平成3年)11月21日:1往復増発して、7往復になる。 1993年(平成5年)3月18日:使用車両が2000系に統一。 1997年(平成9年)10月1日:土佐くろしお鉄道宿毛線開業に伴い、一部列車が宿毛駅発着になる。 11月29日:2往復増発され、9往復になる。 1998年(平成10年)3月14日:多度津駅 - 高知駅間で「南風」と併結する列車が2往復設定される。 1999年(平成11年)3月13日:多度津駅 - 高知駅間で「南風」と併結していた2往復が「南風」単独になり、1往復減便されて6往復になる。
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民営化後の運行展開
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「ハウステンボス (列車)」の記事における「民営化後の運行展開」の解説
1988年(昭和63年)3月20日:小倉駅 - 佐世保駅間を鹿児島本線・長崎本線・佐世保線経由で運行する臨時特急「オランダ村特急」運転開始。 1989年(平成元年)3月11日:「オランダ村特急」を門司港駅発着に変更。 4月29日:「オランダ村特急」の下り列車について、485系の特急「有明」と博多駅まで併結運転開始。 1990年(平成2年)3月:下り列車の「有明」との分割駅を鳥栖駅に変更。 1994年3月1日時点の編成図「みどり」「ハウステンボス」 ← 早岐・ハウステンボス 佐世保/博多 → 編成「ハウステンボス」HTB駅(※) - 博多駅間 「みどり」佐世保駅 - 博多駅間 号車7 8 9 10 11 12 13 14 座席指 指 指 自 G 指 指 自 自 ※:ハウステンボス駅の略 博多駅 - 早岐駅間で併結運転、「みどり」は早岐駅で進行方向を変える 「ハウステンボス」は1995年4月19日までサハ481を欠いた3両編成で運行する場合がある 博多駅 - 肥前山口駅間で「かもめ」(1 - 5号車)と併結する場合がある 座席種類 G=グリーン車座席指定席 指=普通車座席指定席 自=普通車自由席 1992年(平成4年)3月25日:ハウステンボス開園とともに「オランダ村特急」に代わり、博多駅 - ハウステンボス駅間を485系電車で運転する特急「ハウステンボス」運転開始。運転開始当初は時期によって3往復から11往復まで運転本数に差が見られた。また毎日運行の列車も含めて、全列車臨時列車として運行されていた。 号数が80番台の列車を除き、博多駅 - 早岐駅間は「みどり」に併結して運転(一部の列車は博多駅 - 肥前山口駅間で「かもめ」とも併結)。 車両は485系電車3両編成を用いたが、時期によって4両で運行する場合もあった。 なお、現在の全列車停車駅のうち、最初期に限り81号のみ有田駅を通過していた。 1993年(平成5年)3月18日:一部列車にグリーン車を設定。 この年に限り、81・82号は小倉駅発着で運行される場合があった。 1994年(平成6年)3月1日:編成を7 - 10号車の4両とする(ただし時期によっては3両で運転する場合もあった)。同時に外装を赤一色から、赤・青・黄・緑をブロックパターンに配色した塗装に変更(塗装変更目的は誤乗防止対策から。塗装のコンセプトは「おもちゃの列車」だった)。グリーン車の設定はなくなる。 1995年(平成7年)4月20日:このときのダイヤ改正により、全列車通年4両編成となる。 1996年(平成8年)3月16日:このときのダイヤ改正により8往復が定期列車となり、同時に臨時列車も含めてエル特急の種別が与えられる。 4月29日:この年より、81・82号は有田陶器市期間中に限り、博多駅 - 早岐駅間で臨時特急の「有田陶器市81・82号」を併結した。
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