差別認定基準と差別判定権への批評
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/21 05:44 UTC 版)
「確認・糾弾」の記事における「差別認定基準と差別判定権への批評」の解説
差別表現への糾弾について、部落解放同盟は、差別かどうかは特定の用語ではなくそれが使われた文脈で決めるとの建前を掲げているが、実際には次のような例がある。 1974年、大正製薬の強壮ドリンク剤「リポビタンD」の広告のキャッチフレーズが「ヨッ! お疲れさん」から「ヨォ! お疲れさん」に変更された。「ヨッ」が被差別部落民の蔑称である「四つ」に通じるため、関西の被差別部落関係者からの抗議で改稿されたものである。 1974年1月、共同通信による記事が福岡の『夕刊フクニチ』に掲載された。記事の内容は森敦の『月山』を紹介するもので、「密造酒をつくり飲み交わす雪に閉ざされた部落の人々の生活は外界の俗世間とは隔絶した別世界である」と書かれていた。この「部落」は被差別部落の意味ではなかったが、部落解放同盟八幡地協が差別表現として問題視。『フクニチ』の編集局長が八幡地協に呼び出され、「掲載したフクニチの姿勢が問題だ」「社長を呼べ」「部落は被差別部落と同一語だ」「おまえは被差別者か。そうでなければ差別者だ」などと吊るし上げを受け、掲載紙の回収を迫られる事態に発展した。 ある交渉の席上、企業の幹部が「いやしくも」(苟も)と発言したところ、「卑しくも、とは何だ」と曲解され、差別発言として糾弾を受けた。糾弾された側は東大卒と思しかったが、糾弾側の誤りを指摘せずに黙っていた。「たぶん交渉後、仲間うちでは『まいったなあ』とかなんとかいいあっていたにちがいない。こんなことですら訂正しあえないところにも差別をめぐる意識のねじれが顔を出す」と藤田敬一は評している。 兵庫県朝来町の確認会でも、社会教育主事が部落解放同盟兵庫県連沢支部長のM(のち八鹿高校事件主犯)に「いやしくも、なになに」と言ったところ、Mが「ほかの所では良いけれど、われわれに"いやしくも"というような言葉は使うな。それはなんの意味だあ。おまえにその言うてることが差別だと分からしたる」と反発し、糾弾に発展したことがある。 ある労働組合青年部の機関紙の4コマ漫画に口うるさい上司の名前が「かわた」となっており、「かわた」(皮多、皮田)が被差別民の呼称であることから「差別だ」と言われたことがある。 1988年、山口県新南陽市当局が同和事業執行の必要から市営住宅に関する条例を改め、市営住宅の入居資格における「寡婦、引揚者、炭鉱離職者」という従来の制限に「その他の社会的に特殊な条件下にある者」という条項を加えた。これが部落解放同盟から「部落民を特殊な者として差別した表現」と問題視されて糾弾に発展、市当局者は「結果的に同和地区の人々にとって痛みを感じるような表現になったのは遺憾」と陳謝し、条例を改めた。これに対して灘本昌久は、「水平社時代であれば絶対に糾弾されなかったこと」「『特殊』という言葉に、これほどこだわることは驚くほかない。『特殊』の代わりに、『特別』とでも書いておけばよかったのだろうか。これを差別事件として麗々しく取り上げた『解放新聞』の記事は、運動史上の汚点のひとつである」と批判した。 このような恣意的な「差別」判定とそれに伴う糾弾行為について、地域改善対策協議会(地対協)の「基本問題検討部会報告書」(1986年8月)では 「民間運動団体の確認・糾弾という激しい行動形態が国民に同和問題はこわい問題、面倒な問題であるとの意識を植え付け、同和問題に関する国民各層の意見の公表を抑制してしまっている」 「差別行為のうち、侮辱する意図が明らかな場合は別としても、本来的には、何が差別かというのは、一義的かつ明確に判断することは難しいことである。民間運動団体が特定の主観的立場から、恣意的にその判断を行うことは、異なった意見を封ずる手段として利用され、結果として、異なった理論や思想を持つ人々の存在さえも許さないという独善的で閉鎖的な状況を招来しかねないことは、判例の指摘するところでもあり、同和問題の解決にとって著しい阻害要因となる」 と指摘され、部落解放同盟から反発を買った。ただし、「差別かどうか判断できるのはやはり部落民だけだ」とする意見がある一方、「部落民がこんなにダメになってきたのは部落民にとって不利益は差別だという主張を受け入れて以降のことではないか」と認める意見もあった。 「朝田理論」も参照 吉本隆明は「部落解放同盟やその同伴者は…いまだに『言葉の使い方が悪い』などというつまらぬことを摘発して、もともと何の存在価値もない進歩知識人を脅すことを商売にしている」と批判した。
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