孤発性パーキンソン病の原因仮説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 15:47 UTC 版)
「パーキンソン病」の記事における「孤発性パーキンソン病の原因仮説」の解説
孤発性パーキンソン病は、多くの遺伝子と環境因子が原因となる多因子疾患だと考えられている。上記の家族性パーキンソン病の研究などからさまざまな原因やその機序の仮説がたてられ、ほぼ一致をみているものも多い。以下に説明する仮説も競合・排他的なものではなく、これらの要因が積み重なることで発病に至ると考えられる。 ミトコンドリア機能障害仮説 MPTPやロテノン、アンノナシンといったミトコンドリアに機能障害を起こす薬物により、ヒトや実験動物においてパーキンソン病様の病態が起こること、孤発性のパーキンソン病においてミトコンドリアの呼吸鎖の機能障害が観察されることから、パーキンソン病原因の1つの仮説としてミトコンドリアの機能障害が想定されている。 ミトコンドリアは外膜と内膜の二重の膜からなり、好気的呼吸が行われる場所である。特に内膜上には酸化的リン酸化を行い、最終的にATP産生にかかわるタンパク複合体およびATP合成酵素が存在する。タンパク複合体は4種類あって、順にIからIVと呼ばれる。このタンパク複合体が電子伝達を行いながらH+ (プロトン) を内膜の内側 (マトリックス側) から外側に輸送することでプロトン勾配を形成、その結果生じる膜電位によって、ATPが産生される。このプロトン勾配=膜電位は、さらに細胞質内のCa2+濃度維持、TCAサイクルなどの代謝反応、ミトコンドリアと細胞質相互間の物質輸送などのもととなる。(詳細はミトコンドリアの項を参照) MPTPは1970年代にデザイナードラッグとして合成されたMPPPという物質に混入していた。MPTPは脳内 (主にアストロサイトとセロトニン作動神経)に存在するモノアミン酸化酵素 (MAO, 主としてMAO-B) に代謝されてMPP+となり、これが毒性を持つ。ロテノンは農薬として長く使用されている。またカリブ海諸島で常食されるトゲバンレイシ (サワーソップ) 中にアンノナシンが含まれている。これらの物質はいずれもミトコンドリア複合体Iの阻害薬である。また一酸化炭素 (CO) 中毒でもパーキンソニズムを呈し、淡蒼球の壊死が見られた、COは複合体IVの阻害薬である。 遺伝子異常の項でも説明したように、ミトコンドリアが傷害されて内膜の膜電位が低下するとまずピンク1タンパクがミトコンドリアに蓄積しこのピンク1がパーキンタンパクをミトコンドリア外膜上に移動させる。パーキンは膜タンパクをユビキチン化し、オートファジー機構を介して傷害ミトコンドリアを選択的に除去する。パーキンソン病ではこのシステムが破綻していると考えられる。 酸化ストレス仮説 好気的呼吸における電子伝達系の過程では、必然的に活性酸素種 (reactive oxygen species, ROS) や活性窒素種 (reactive nitrogen species, RNS) が生成する。ROSにはスーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシルラジカル、一重項酸素などがあるが、これらは生成されるとすぐに生体内の抗酸化酵素・抗酸化物によって取り除かれる。抗酸化酵素にはスーパーオキシドジスムターゼ (SOD)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなどが、抗酸化物にはビタミンA、C、E、尿酸、ユビキノンなどがある。もし何らかの理由で抗酸化作用が不十分になると、活性酸素種は脂質過酸化を起こし、さらにタンパク・DNAを酸化し細胞を傷害する。これが酸化ストレスである。 ドパミンがモノアミン酸化酵素で代謝される際に過酸化水素が生じる。過酸化水素は2価の鉄イオンと反応して非常に反応性の高いヒドロキシラジカルを生じる (フェントン反応)。ドパミンの酸化物ドパミン合成の律速段階であるチロシン水酸化酵素の活性には補因子として鉄が必要であり、ドパミン作動性細胞内には鉄が豊富に含まれている。抗酸化作用が不十分になると、これらの活性酸素種はドパミン作動性細胞の変性につながる可能性がある。さらにドパミンの酸化による中間代謝産物そのものが、酸化ストレスの原因となる (ドパミンは最終的に神経メラニンとなって細胞内に沈着し、黒質の「黒さ」の原因となる)。 酸化ストレスはユビキチン化を阻害し、酸化されたタンパクによってプロテアソームも損傷を受ける。そしてプロテアソームの障害は活性酸素種を生じてさらなる酸化ストレスを生み出すという悪循環となる。 抗酸化作用をもつDJ-1タンパクをコードするDJ-1遺伝子の変異が家族性パーキン病の原因 (PINK7) となることから、酸化ストレスがパーキンソン病の原因となる。 感受性遺伝子 一般にある疾患にかかるリスクを高める遺伝因子を疾患感受性遺伝子と呼ぶ。パーキンソン病患者と非患者 (対照) のゲノムワイド関連解析 (多数の遺伝子の一塩基多型を比較することで感受性の高い遺伝子を選び出す解析) によって、α-synuclein (これについてはすでに症例対照研究でも明らかにされている) および LRRK2 が白人と日本人に共通な感受性遺伝子、Tau はヨーロッパだけで感受性が見られた。さらに日本では新たな遺伝子 PARK16 (推定責任遺伝子NUCKS1)、BST1 が感受性を持つことが分かった。 また稀な遺伝疾患であるゴーシェ病のユダヤ人家系に、有意にパーキンソン病患者が多いことから、さまざまな国でゴーシェ病の原因遺伝子 GBA 変異を調べたところ、孤発性パーキンソン病患者で有意に GBA 保因者が多いことが分かった。ただしその機序は不明である。
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