地租軽減運動と地租増徴問題とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 地租軽減運動と地租増徴問題の意味・解説 

地租軽減運動と地租増徴問題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/27 04:16 UTC 版)

地租」の記事における「地租軽減運動と地租増徴問題」の解説

地租改正によって明治政府秩禄処分常備軍設置殖産興業の行うための安定した財源確保したものの、農民負担従来変わらず、むしろ小規模農家没落による小作農への没落一部富農による地主制の形成小作農の子弟や離農者の低賃金労働者化の促進など、国家及び一部階層資本蓄積低廉労働者小作農形成によって日本資本主義発展基礎築いた。この傾向松方財政によるいわゆる松方デフレ」によって一層進むことになった。 だが、一方で農民側による地租軽減求め動き続いていた。地租改正反対のための合法的闘争報徳思想普及知られる岡田良一郎や後に自由党属して衆議院議長に昇った杉田定一代表者として加わっていた事で知られるように、様々な政治的立場からこれ賛同する人々多かった。特に自由民権運動活動家農民との連携過程地租減免議会開設条約改正とともに唱えられるようになった1877年立志社建白書1881年結成され自由党綱領でも掲げられており、次第自由民権運動担い手士族から地主中心とした農民層に移行させる一因ともなった。だが、自由民権運動衰退とともに運動低調期に入る。 1890年帝国議会設置後民党側は「経費節減・民力休養」を掲げて政府財政政策批判して地租軽減唱えた。だが、具体的な地租軽減方法巡って地租改正過程小作利益代表する立場を採る議員が「税率軽減方式税率引下)」を求め地主利益代表する議員が「地価軽減方式地価引下)」と唱えたことから分裂した。だが、政府貴族院はこれに強く反対し、地租軽減は進まなかった。そのうち日清戦争勃発その後の生活の向上に伴う米の需要拡大に伴う米価高騰によって地主地租負担相対的に軽減されたこともあり、一旦は地租軽減運動落ち着き見せる。だが、戦後ロシアなどとの対抗上、政府急速な軍備拡張を図るようになり、財政難陥るようになった1897年第2次松方内閣六六艦隊計画などに必要とされる予算確保のため、地租60引き上げる(2.5%→4%)地租増徴案を提出しようとした。ところが、松方内閣与党であった進歩党野党自由党結んでこれに反対して連立離脱内閣不信任案突きつけられた松方内閣衆議院解散踏み切るが、選挙後政権運営目途が立たなかったこともあり、その直後内閣総辞職追い込まれる1897年12月25日)。続いて成立した第3次伊藤内閣は自由・進歩両党との連立交渉不調に終わり直後第5回衆議院議員総選挙1898年3月15日投開票)で自由・進歩両党が引き続き多数確保したため、少数与党議会に臨む。内閣地租増徴法案提出したが、衆議院大差でこれを否決伊藤内閣またしても衆議院解散打って出るが(6月10日)、直後に自由・進歩両党は合同し憲政党結成藩閥側では政権維持目途が立たなくなったことから、憲政党大命降下第1次大隈内閣成立し地租増徴のめどは立たなくなる。一方同じころ、これらの政争並行して渋沢栄一田口卯吉商工業者対す営業税などの税率の高さに対して地租税率は低すぎるとして増徴支持する意見唱え帝国議会地租増徴請願提出。これに対して谷干城農商務大臣中心に反論唱え、「地租増徴反対同盟」を結成するなど、世論大きく割れることになった。 ところが、憲政党第6回衆議院議員総選挙8月10日投開票)で圧倒的多数占めたものの、内部闘争でわずか2ヶ月自由党憲政党進歩党憲政本党分裂内閣倒れたその後継いだ第2次山縣内閣は、自由党憲政党与党迎えるべく政策協定行いその結果地価軽減方式流れを汲む地価計算方法見直しによる地域間格差是正1899年度からの5年限定にすることを条件地租32引上げ2.5%→3.3%)にすることで合意した1989年12月27日地租増徴法案成立1899年4月より5年限定地租3.3%(市街地では5%)に引き上げられた。 この地租増徴5年限定であったため、本来であれば1904年4月1日には税率元に戻す予定になっていた。ところがその直前1904年2月日露戦争勃発し戦費調達のための非常特別税法成立すると、4月1日3.3%から2.5%に戻すところを逆に4.3%(市街地では8%、郡部宅地では6%)に引き上げられ、更に1905年1月1日からは5.5%(市街地では20%郡部宅地では8%)に再度引き上げられのである臨時特別税法は平和回復翌年までという条件付けられていたが、ポーツマス条約締結翌年である1906年廃止期限直前臨時特別税法からこの規定無くすことに成功して事実上恒久税制化されようとしたのである

※この「地租軽減運動と地租増徴問題」の解説は、「地租」の解説の一部です。
「地租軽減運動と地租増徴問題」を含む「地租」の記事については、「地租」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「地租軽減運動と地租増徴問題」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「地租軽減運動と地租増徴問題」の関連用語

1
16% |||||

地租軽減運動と地租増徴問題のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



地租軽減運動と地租増徴問題のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの地租 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS