農商務省 (日本)
農商務大臣
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1894年(明治27年)1月22日、第2次伊藤内閣の農商務大臣に就任する。 当時、日本は鉄鋼需要の大半を輸入に依存しており、政府は新たに製鉄所(後の八幡製鐵所)の建設を計画していた。製鉄所は民営とすることで1893年に閣議決定していたが、榎本は大臣に就任すると官営を主張し先の閣議決定を覆した。1896年(明治29年)、製鉄所建設の予算が成立し、3月29日に製鉄所官制が公布。榎本は製鉄所初代長官に腹心の山内堤雲を就けた。なお、荒井郁之助による浦賀船渠の設立(1897年(明治30年))を後援している。
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