主要な事故・事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/08 13:54 UTC 版)
一般には安全だと言われているトロントの交通システムだが、1954年より複数の大きな事故を経験している。 1963年3月27日、6両の地下鉄車輌が出火により焼失した。ユニオン駅近くの引込線での出来事であった。乗客は避難して無事だった。 1975年12月12日、ウォーデン駅のすぐ東にあるウォーデン通りの踏切で、セントクレア通りを運行していたバスとGOトランジットの電車が衝突し、9人が死亡、20人以上が負傷した。この事件は交通局とGOトランジットの歴史において死者が最も多い事件となった。この事件の影響で、この踏切は数年後に立体交差化された。 1976年10月15日、クリスティー駅において放火事件が発生し、車輌は焼失、駅設備にも深刻な被害が与えられた。現在も、プラットフォームの中程に、特殊な色をしたタイルが放火の証拠として残っている。この事件によりクリスティー駅を含む区間が2日間運行停止となった。 1995年8月11日、ラッセルヒル地下鉄事故で3人が死亡、30人以上が負傷した。この他に100名が負傷したとして数えられている。この事件は信号システムなどの不備などが重なり、先行の停車中の列車に、後発の列車が追突したものである。 1995年後半、ヴィクトリア・パーク駅にて、駅員が強盗により殺された。4ヶ月後、エイドリアン・キンキードが別の2件の殺人事件により逮捕され、この事件にも関与していることが分かった。合計3つの罪により現在終身刑に服役中である。 1997年9月27日、23歳の女性がダンダス駅にて、電車到着時に線路に突き飛ばされ死亡した。ハーバート・チャンが2回めの殺人で逮捕され、統合失調症と診断されたあと、15年間の服役中である。 1999年1月2日から4日までの間、非常に強い吹雪がオンタリオ州中心とアメリカ東海岸を襲った。これにより市と交通システムに甚大な被害をもたらし、交通インフラに混乱が生じた。数日後主要な路線は復旧し、交通局は新たに雪の日の運行ポリシーを制定するに至った。 2000年12月8日、ごみ運搬車輌が、オールド・ミル駅付近を運行中に出火し、車輌は完全に焼失、駅も2日間閉鎖された。その事故以来、交通局は駅のゴミの改修に電車を使うことをやめ、運搬トラックを使用している。 2003年8月14日午後4時15分(東部標準時)、北米大陸東部でコンピュータ制御に起因する大規模な停電が発生し、カナダとアメリカ北東部に深刻な影響を与えた。トロントも他の都市と同じように、全てのインフラが停止した。18編成の電車が駅間で停車し、停電のため乗客の避難が不可能となった(他の電車については駅内、あるいは駅の近くに停車していたため避難が可能だった)。路面電車はその場で停止し、バスは信号が消灯しているなかで引き起こされた大規模な渋滞により混乱していた。8月18日まで運行が再開されず、これは歴史上で最も長い停止期間である。これにより、交通局は新たに災害対策マニュアルを制定するに至った。 2007年4月23日、事業車が電線と除去し忘れていた作業場に乗り上げ、アスベスト除去を行っていた整備工1人が死亡、ほか数人が負傷した。これにより交通局に労働健康安全指標に反しているとして250,000ドルの罰金が課せられた。後の調査で死亡した運転士は大麻を吸引していたことが明らかとなった。 2011年5月13日、2台のバスがウィルソン駅のターミナルで衝突した。 2011年8月30日午後2時30分、ドンミルズ駅行きのバスがローレンス通りとヴィクトリア・パーク通りの間で、クレーン車を運んでいたトラックに追突し、乗っていた女性が死亡した。少なくとも13人がこの事故により負傷している。このバスの運転士は安全確保義務の怠慢と大麻の所持で逮捕された。事故のとき、彼の荷物に大麻が発見された。 2012年7月22日、クイーン通りにおいてバスがビルに突っ込み、2人が負傷した。このバスは突っ込む前に車とタクシーをそれぞれ巻き込んでいる。 2012年9月14日の始発時間のに、2人の整備士がヨークデール駅でメンテナンス用の事業車に轢かれ、1人は死亡、もう1人は重い怪我を負った。現場検証のために、多くの電車が車庫で出発を待たされ、朝のラッシュアワーに大きな影響を及ぼした。 2013年8月13日午前11時30分、スティールズ通りで、コンテナトラックが出発を待っていたバスと正面衝突して、1人が死亡、12人が負傷した。
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