スポ根ものの誕生
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一般的に「スポ根」の発祥となった作品や元祖と呼ばれる作品は『週刊少年マガジン』で1965年から1971年にかけて連載された『巨人の星』(原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる)である。 『週刊少年マガジン』第4代編集長の宮原照夫によれば、この作品は1930年代に人気を獲得した吉川英治の小説『宮本武蔵』のような、一つの道を究めライバルとの対決に打ち勝っていく人物を主人公とする構想をもつ編集部と、アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『モンテ・クリスト伯』のような悲劇的な運命を背負った人物を主人公とする構想を持つ梶原とが結びついたことにより誕生した。梶原によれば自身は元々は少年小説家を志望し、佐藤紅緑の『あゝ玉杯に花うけて』のような作品を手掛けたいと考えていた。漫画人気に押されて少年小説がその役目を終えようとしていた中、『週刊少年マガジン』第3代編集長の内田勝と副編集長の宮原から「大河小説に代わる大河漫画」、『宮本武蔵』の漫画版の原作を依頼されたことをきっかけに誕生したものとしている。 梶原には「クール」「ドライ」といった男性観が賞賛された当時の風潮への反発心があったといい、執筆にあたっては「とことんホットでウェット」「カッコ悪い試行錯誤の繰り返しから磨かれて底光りする真のカッコよさ」を持つ人物を描こうとした。これらの要素に1960年代に社会問題となっていた熾烈な受験競争を後押しする教育ママの存在を反映し、人間教育には父親の存在は欠かせないものとし、「教育ママに対するアンチテーゼ」として父権的なキャラクターを登場させ、主人公・星飛雄馬と父・星一徹の戦いと葛藤が物語の軸となった。 この作品は「一般社会に普遍化できる生き方の見本として、栄光を目指して試練を根性で耐え抜く姿を野球の世界を借りて描いたもの」ともいわれる。作画を担当した川崎の発案による過剰な表現手法や、原作を担当した梶原による大仰な台詞まわしは当時から批判の声もあったが、作品自体は徐々に人気を高め『週刊少年マガジン』の部数を100万部に押し上げた。 梶原は、その後も柔道を題材とした『柔道一直線』(作画:永島慎二・斎藤ゆずる)、プロレスを題材とした『タイガーマスク』(作画:辻なおき)、ボクシングを題材とした『あしたのジョー』(作画:ちばてつや)の原作を務めたが人生論的な要素が強い『巨人の星』とは異なる趣向を取り入れた。梶原の自伝によれば『柔道一直線』では技と技の応酬といったエンターテインメント性に焦点を当てる一方で立ち技優先の傾向があった当時の日本柔道界へのアンチテーゼを、『タイガーマスク』では往年の『黄金バット』のプロレス版を標榜し善と悪の二面性のあるヒーローを、『あしたのジョー』では『巨人の星』の主人公・星飛雄馬のような模範的な人物へのアンチテーゼとして野性的な不良少年・矢吹丈を主人公としアウトローぶりを意図した。 なお、梶原自身は「根性」「スポ根」という言葉にさほど価値を見出しておらず、ミゲル・デ・セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』に準え、「それを言うのならドン男路線。すなわち、ドン・キホーテ男性路線とでも願いたい」と発言していた。この小説は主人公が騎士道物語に熱中するあまり幻想に囚われ、従者を連れて旅先で騒動を起こすといった内容であるが、ライターの近藤正高は梶原の真意について「はた目には滑稽に見えても、本人は真剣に巨大風車めがけて突撃していく、そうした姿こそが男の美でありロマンであると考えていた」と解釈している。 梶原型主人公の多くはライバルとの戦いを孤独の中で挑み、時には両親や師匠も敵となる。試合での勝利よりもライバルとの戦いに価値を追い求め、血のにじむ様な特訓を重ね、身体を過度な負荷にさらしながら道を究めようとする。『柔道一直線』の主人公・一条直也のような一部の例外はあるものの、『巨人の星』の星飛雄馬、『あしたのジョー』の矢吹丈、『タイガーマスク』の伊達直人をはじめ、その多くが再起不能や死といった悲劇的な結末を迎え、競技の表舞台から去っていく。 スポ根の手法は少女漫画にも伝播したが、このことは従来、品行方正で内向的な傾向の強かった少女漫画の作品世界に競争の原理を導入したと評される。バレーボールを題材とした『アタックNo.1』(浦野千賀子)や『サインはV』(原作:神保史郎、作画:望月あきら)では少年誌さながらの必殺技の応酬や根性的な特訓が描かれると共に、恋や友情や家庭の問題、思春期の悩みといった少女漫画の主要テーマが盛り込まれた。漫画評論家の米澤嘉博は「スポーツものとは、ある意味で肉体のドラマ」とした上で「スタイル画ではない、動きや肉体を感じさせる『絵』を持たなければ、表現できないジャンル。肉体性を脱け落とした形では表現できなかっただろう」と評している。 これらの作品は「スポ根」の代表的作品と評価されており、人気作品は1969年前後に次々とアニメ化やテレビドラマ化された。
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