通州事件とは?

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通州事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/07/21 17:01 UTC 版)

通州事件(つうしゅうじけん)とは、1937年(昭和12年)7月29日に中国の通州(現:北京市通州区)において冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)が日本軍の通州守備隊・通州特務機関及び日本人居留民を襲撃した事件[9]。通州守備隊は包囲下に置かれ、通州特務機関は壊滅し、猟奇的な殺害、処刑が行われた[9]通州虐殺事件とも[10]




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注釈

  1. ^ 「支那駐屯軍ノ作戦計画策定」「其ノ四 補給及通信」 一、兵站ハ差当リ第一期掃蕩戦ニ応スル諸準備ヲ完了セシムルヲ主眼トス之カ為兵站主地ヲ天津ニ設ケ通州及豊臺ニ補給基点ヲ設ケ半会戦分ノ軍需品及一箇月分ノ糧秣ヲ集積ス[21]
  2. ^ 「支那駐屯軍ノ作戦計画策定」「其ノ四 補給及通信」 三、軍司令部ハ第一期、第二期作戦間天津ニ位置ス会戦間通州又は豊臺ニ戦闘司令所を進ムコトアリ[21]
  3. ^ 張慶餘 (1895 - 1963) 1933年任冀東特種警察隊第一總隊隊長。1935年11月改任偽冀東保安隊第一総隊隊長、1937年7月率部起義、転保定、洛陽、西安、於1938年隱居四川金堂県什坊鎮。後被委任為国民党軍委会中将参議[44]
  4. ^ 信夫は、朝鮮人の大多数は「アヘン密貿易者および醜業婦にして在住未登録なしりもの」のみ記述している[65]

出典

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  3. ^ 読売新聞1937年8月1日号外
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 小林元裕「通州事件の語られ方」、国際ワークショップ「日中全面戦争と地域社会変容II」p62-3.
  5. ^ a b c 防衛庁防衛研修所戦史部 (1975)、228頁。
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  7. ^ 中村 (1986)406頁。
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  43. ^ a b c d e f 国立国会図書館法廷証番号2500:桜井文雄宣誓供述書、弁護側文書番号:1140
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  45. ^ 陸軍省新聞班 1937, pp. 11-12.
  46. ^ 「通州の日本人大虐殺」文藝春秋昭和30年(1955年)8月号
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  50. ^ 極東国際軍事裁判 (1947)、170 - 171頁。
  51. ^ 極東国際軍事裁判 (1947)、172頁。
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  55. ^ 極東国際軍事裁判 (1947)、173 - 174頁。
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  62. ^ 「在通州居留民(鮮人)人名簿」
  63. ^ 広中 (2008)、122頁。
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  101. ^ 中村粲 1900, p. 408.
  102. ^ 張慶余「冀東保安隊通県反正始末記」『天津文史資料選輯』第21輯、1982年。武月星、劉友于、林華、林治波共著『通州事件 廬溝橋事変風雲編』山辺悠喜子訳、中帰連 (9), 35-42, 1999-06に基づく中村粲の解説。
  103. ^ 信夫 (1992)、, p. 115-116.
  104. ^ 信夫 (1992)、, p. 115-116.
  105. ^ 今井清一「通州事件」『日本史大事典 第四巻 す - て』平凡社、1993年8月18日
  106. ^ 「冀東保安隊通県反正始末記」『天津文史資料選輯』第21輯、1982
  107. ^ 秦郁彦「盧溝橋事件の研究」 東京大学出版会 1996年12月 p.316-317
  108. ^ 大杉一雄「日中十五年戦争史―なぜ戦争は長期化したか」 中公新書 1996年1月 p.271-272
  109. ^ 人民網“通州大屠殺”:日本右翼認為可比南京大屠殺 [1]
  110. ^ 中村粲 1900, p. 406.
  111. ^ 『諸君!』 1989年11月号 P216
  112. ^ 通州事件をユネスコ記憶遺産に申請 産経ニュース、2015年12月11日。






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