魯迅
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上海時代
1927年、許とともに密かに汽船で広州を脱出し、10月3日上海に着いた[26]。1929年9月には、長男が生まれ、彼は「上海で生まれた嬰児」という意味で、「海嬰」と名付けている[26]。1930年代の魯迅は、国民党政府によって、その作品をしばしば発禁処分にされた反体制文学者であった[27]。しかし当の魯迅は、許広平と上海郊外のおしゃれなマンションで同棲し、子供が生まれると一家で毎週のようにハイヤーで上海都心の映画館へ通い、当時はやりのハリウッド映画を多くみている[27]。1930年代上海では、近代的市民社会が形成されつつあったことがうかがえる[27]。同時に上海では、新聞発行部数の急増が物語るように大衆文化が萌芽期を迎えていた[27]。上海メディアは文化情報ばかりではなく、センセーショナルな話題も提供して、多くの読者を獲得しようとした[27]。そのため魯迅の私生活もゴシップとして報じられている[27]。妻を北京の母の下に置いて、17歳年下の教え子(許広平)と同棲する魯迅像が、国民党系メディアによって流された[27]。その一方で、外国美術に関する旺盛な翻訳、復刻、評論活動も始めている[28]。
幼年期から美術に深い関心を寄せてきた彼であったが、上海移住後は内山書店を通じて日本や欧米の美術書の入手が容易になったためである[28]。同時に木版芸術の「民衆性」にも着目するようになった[28]。廉価な費用により一枚の版木から100枚以上の絵を刷りだすことができる版画は民衆のためのすぐれた芸術手段であり、革命の武器ともなりうると考えた[28]。さらに、文学者としては国民党独裁体制を厳しく批判し続けた[29]。魯迅は、1936年10月19日上海にて、国防文学論戦のさなか、持病の喘息の発作で急逝する[28]。魯迅逝去のニュースは全中国へ直ちに報じられ、その日のうちに孫文未亡人である宋慶齢の参加を得て葬儀委員会の名簿が作成されている[29]。当初は、蔡元培、宋慶齢、毛沢東、内山完造、アグネス・スメドレー、茅盾ら9名の名が挙げられ、のちに周作人が加わって総勢13名となった[29]。10月22日武装警察が出動するなか、巴金、胡風らの青年作家が出棺に際し棺を担ぎ、万国公墓に葬った[30]。中華人民共和国建国後の1956年には魯迅旧居近くの虹口公園(現在の魯迅公園)に改葬されている[30]。
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- ^ 魯迅特集(東北大学・まなびの杜)
- ^ a b 魯迅の下宿跡地、仙台市が記念広場化 21年3月完成予定 - 河北新報
- ^ 日中今昔ものがたり「人的財産」賞に(asahi.com)
- ^ 東北大学魯迅記念奨励賞(東北大学)
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