2010-2019
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「ストックポート・カウンティFC」の記事における「2010-2019」の解説
「2015グループ」と呼ばれる投資家によるストックポート・カウンティの買収は、2010年5月のフットボールリーグの会議で承認され、6月17日に正式に発表された。買収後、クラブはガリー・アブレット監督の解任を発表した。これはシーズンで5回しか勝てず、勝ち点25で最下位という最悪の結果を残したためである。新しい経営陣は「クラブを上から下まで再構築する」と約束したが、この新時代のスタートは悪いものとなってしまった。次期監督としては、昨年職を解かれた、クラブのレジェンドであるジム・ギャノンが再びクラブに戻ってくると広く報道されていた。しかし、結局ギャノンとクラブは契約の合意に至らず、2010年夏に、ストックポートは元カーライル・ユナイテッド監督のポール・シンプソンを新監督に任命した。しかしながら、ギャノン監督時代のアシスタントマネージャーであり、ギャノンと同じ1990年代にチームの選手だったピーター・ワードは、アシスタントマネージャーとして再びクラブに復帰した。 シンプソンが監督に就任後、4部でも苦戦していた。降格圏内に位置していたためシンプソンは6ヶ月で解任されたが、後任監督が一切決まっていない中の決定であり、ピーター・ワードが暫定の監督に就任し、当時ウィガン・アスレティックの監督であったレイ・マティアスがアシスタントマネージャーに就任した。2011年3月、監督交代後12試合を終えてもチームは降格圏内に位置していたため、クラブはマティアスに暫定の監督職を与え、ワードを再びアシスタントに戻すという決定をした。 マティアス暫定監督の下でチームのパフォーマンスと結果は好転したが、残留は果たせなかった。この結果、ストックポート・カウンティはカンファレンス・ナショナルに降格し、フットボールリーグ連続在籍記録は106年で途絶えることになった。 カンファレンス・ナショナルに降格した後、マティアスは監督に正式に任命された。しかし、プレシーズンが始まる前にリヴァプールを本拠地とする実業家がクラブの買収を試みて(最終的に失敗)、それによりマティアスは解任され、元サッカードイツ代表のディートマー・ハマンが新監督に就任した。 監督経験の無かったハマンが指揮するストックポートは上手くいかず、19試合で3勝という数字を残して2011年11月に解任された。 .mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}ストックポート・カウンティが少ない勝ち点しか稼げずに降格し、翌年にもその光景を見なければならなかった時、私たちがした仕事の量を考えると信じられないぐらいほど失望した…。3年半で成し遂げたものが2年で崩れさってしまうのはとても衝撃的で、今年もそれが続くのを見るのは本当に辛いことだ…。 —チームの2年連続降格を受けたジム・ギャノンのコメント クラブは3年連続降格の危機に瀕していた。ハマンが解任される前の2011年11月のホームでのヘイズ・アンド・イェディング・ユナイテッドとの試合の後に、そのままファンミーティングが行われたのだが、この内容にハマンは快く感じなかった。サポーターが、その試合でファンとしてスタジアムを訪れていたジム・ギャノンの監督就任を求めたからである。この8日後にハマンは解任され、ジム・ギャノンが新監督に任命された。ギャノンの復帰初戦でチームは非常に良いパフォーマンスを見せたが、当時首位タイだったフリートウッド・タウンに1-2で敗れた。チームの調子を明らかに上げたギャノンは監督就任してからまもなく、レクサムFCとダーリントンFCにそれぞれ1-0で勝って連勝を達成した。この時、最後の連勝からなんと3年以上が経っていた。2011-12シーズン、ギャノンはクラブを降格圏内から遠ざけ、最後の15試合で8勝するなどして16位でフィニッシュした。 2012-13シーズンに向け、ギャノンは過去にチームを指揮していた時と同じく若手の育成に力を入れた。この方針により、若手のダニー・ホワイトヘッド、ダニー・ハタズリー、イアン・オルムソンらが定期的に試合に出場した。また、このシーズンの初めにセール・シャークスが本拠地をサルフォード・レッドデビルズの本拠地に移転したことで、ストックポート・カウンティは9年ぶりにエッジリー・パークを独り占めにすることになった。 2013年1月15日、元fcbusiness誌編集者のライアン・マクナイトがクラブの新CEOに指名され、英国サッカー界で最年少のCEOになった。指名された次の日にホームでマンスフィールド・タウンに1-3で敗れた後、ギャノンは監督職を解かれた。彼の後任にはボスニア系スイス人のダリェ・カレジッチが選ばれたが、カレジッチはイングランドのサッカー界では一度も監督を務めたことが無かった。カレジッチは2ヶ月という短い期間で解任された。次の監督にはイアン・ボーギーが任命されたが、彼もクラブを救う事は出来ず、最終節に2位のキダーミンスター・ハリアーズに敗れて降格が決定した。これで4シーズンで3回目の降格となり、次のシーズンはクラブ史上初めて6部リーグでのプレーとなってしまった。 ストックポートは、クラブの運営が厳しいとしてパートタイム制への移行を発表した。リーグ戦でもストックポートは開幕5試合で1分4敗という成績を残し、順位表の下から2番目に位置していたため、2013年8月にはボーギーが解任された。後任には、ジム・ギャノン時代とピーター・ウォード時代でアシスタントを務めたアラン・ロードが任命され、彼はこの3年の間で9人目の監督となった。マクナイトCEOは2014年4月に、同年5月始めに退任することを発表した。ロードが率いるストックポートは2013-14シーズンをリーグ中位で終え、ようやくチームは安定した。翌シーズンには彼はチームの順位を少しだけ上げたが、シーズン終了前に退任してフットボールディレクターに就任した。 2015年2月、ストックポート・カウンティの取締役会は「Moving Forward」文書と名付けられたクラブの将来の抱負についての声明を発表した。この文書では、安定性、持続性、スタジアム、成功という4つのポイントに焦点を当てていた。 2015年夏、クラブは3年目の6部在籍シーズンに突入した。ストックポートの新監督には、チェスターで6部優勝を成し遂げたニール・ヤングが就任した。しかし、昇格の可能性はほとんど無くなり、12試合で僅か1勝という数字を残した後、ヤングは2012年1月に退任した。クラブは次の監督にノースウィッチ・ヴィクトリアで成功を収めたジム・ギャノンにオファーを出し、彼は同じクラブで3度目の監督に就任した。 2015-16シーズン、ギャノンはチームのリーグ9位フィニッシュと、チェシャー・シニアカップの優勝に貢献した。次の2016-17シーズンには、ギャノンは完全にチームを立て直して昇格プレーオフ進出を視野に入れていたが、最終的には進出圏内から僅か1ポイント差の8位となり、プレーオフ進出を逃した。このシーズンの終わりには、昨季の夏に加入したチーム得点王のダニー・ロイドがストックポートの昔のライバルであり、ギャノンの前所属クラブであるピーターバラ・ユナイテッドへ移籍した。2017-18シーズンもギャノンが引き続き指揮をとることになったのだが、監督が2シーズン同じであるのは、2008年以来のことであった。リーグ戦は躍進を続け、5位となって昇格プレーオフ進出を果たした。しかしプレーオフでは、準々決勝でチョーリーとホームエッジリー・パークで対戦して6230人の観客が集まったが、0-1で敗れた。シーズン終了後、クラブ得点王であったジェイソン・オズウェルがモアカムに移籍した。 2017-18シーズンは昇格出来なかった。2018-19シーズンはスタートダッシュこそ失敗したものの、FAカップでは1回戦でEFLリーグ2のヨーヴィル・タウンを3-1で破り、2回戦へ進出した。12月初頭に行われた2回戦ではバーネットにザ・ハイヴ・スタジアムで敗れた。また、FAトロフィーでは準決勝でナショナルリーグの強豪のAFCフィルドに2-3で敗れたが、ベスト4まで進出するのは初めてであった。リーグ戦でもブラックリー・タウンに0-1で負けるまでの間で、23試合という連続無敗記録(クラブ記録タイ)を達成した。チームの好調は最後まで続き、遂に最初節でナニートン・タウンに3-0で勝利してタイトルを獲得した。リーグタイトル獲得は52年ぶりであり、ようやくチームはナショナルリーグへの復帰を果たした。2018-19シーズン終了後、クラブ得点王のマッティ・ウォーバートンが4部のノーサンプトン・タウンに移籍した。
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