1980年代から晩年
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ブルックナー全集の件以降、在京の主要オーケストラからの客演依頼が殺到するようになり、また、レコーディング活動も増加するようになった。1980年代以降朝比奈が出演する演奏会の人気は凄まじく、チケットは即売り切れになることもあった。ブルックナーの交響曲の演奏のほかに、もう一つの主要レパートリーであったベートーヴェンの交響曲の連続演奏会や全集の制作も盛んに行った(ベートーヴェンの交響曲連続演奏会は、1951年から2000年の間に9回行っている)。この頃より、朝比奈はしきりに「時間がない」を口癖にするようになり、録音も多くなった。 1995年(平成7年)に阪神・淡路大震災に遭遇した(朝比奈は1923年の関東大震災にも遭遇している)。また、同年6月には終戦以来50年ぶりにハルビンを訪問し、満州時代に朝比奈の下で演奏していた元楽員と再会した。1996年(平成8年)にはシカゴ交響楽団に客演。これはピエール・モントゥーの記録を抜く同オーケストラの最高齢の客演であった。 朝比奈は90代以降、「ストコフスキーの最高齢記録を抜く」と公言し、一見では特に大きな身体の故障もなかったため、記録達成は容易と見られていたが、2001年(平成13年)10月24日の名古屋公演におけるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ:小山実稚恵)、交響曲第5番が最後の舞台となり、演奏会後、体の不調を訴えて入院。そのまま復帰することなく12月29日に死去した。93歳没。「立つことが私の仕事」「立って指揮が出来なくなったら引退」として、練習中でも椅子の類を使わず、最後まで立ったまま指揮をした。生涯現役であった。 長く日本指揮者協会会長も務めた。
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1980年代から晩年
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「ローレン・バコール」の記事における「1980年代から晩年」の解説
1980年代にバコールが出演した映画作品は失敗続きだった。『殺しのファンレター (en:The Fan (1981 film))』(1981年)は酷評され、興行的にも大失敗に終わっている。ロバート・アルトマンの監督作品『ロバート・アルトマンのヘルス (en:Health (film))』(1980年)、マイケル・ウィナーの監督作品『死海殺人事件』(1990年)も興行的には成功したとはいえない作品となってしまった。 バコールは『マンハッタン・ラプソディ』(1996年)のハンナ・モーガン役で、第63回アカデミー助演女優賞にノミネートされた。これがバコールの女優としての50年に及ぶキャリアで最初のアカデミー賞へのノミネートだった。バコールはこの作品ですでにゴールデン・グローブ賞を受賞しており、アカデミー賞でも本命視されていた。しかしながらこの年のアカデミー助演女優賞を獲得したのは『イングリッシュ・ペイシェント』に出演したジュリエット・ビノシュだった。 1997年にバコールはケネディ・センター名誉賞を受賞し、1999年にはアメリカン・フィルム・インスティチュートが1999年に選定した映画スターベスト100で、20位にランクインしている。このころからバコールの女優としてのキャリアは復活の兆しを見せ始め、ニコール・キッドマンと共演した『ドッグヴィル』(2003年)と『記憶の棘』(2004年)やアニメーション映画『ハウルの動く城』(2004年)の荒地の魔女の英語版吹き替えなど、注目を集めた作品に出演して称賛を受けた。また、2007年公開のポール・シュレイダー監督作品『The Walker』では主役の一人を務めている。 1999年にはノエル・カワードの戯曲『出番を待ちながら (en:Waiting in the Wings (play))』で舞台に立っている。 バコールは2000年代に商業的な活動も行っている。アメリカのディスカウント・チェーンのチューズデイ・モーニング社 (en:Tuesday Morning) のコマーシャルに出演して宣伝を担当したほか、ワインマン・ブラザース社からは自身のブランド名で宝飾品を販売している。また、以前からカフェインレスのインスタントコーヒーであるハイ・ポイント社 (en:High Point (coffee)) や、ネスレピュリナペットケア社のキャットフードブランドであるファンシー・フィーストの宣伝にも一役買っていた。 2006年9月に、バコールは最初のキャサリン・ヘプバーン賞の受賞者となった。この賞は「生き、仕事し、知性と活力と独立心を一身に体現した、四回のオスカーに輝いた女優」であるキャサリン・ヘプバーンを記念して、ブリン・マー女子大学のキャサリン・ハートン・センターが与える賞である。2007年6月にはロンドンで開催されたアーサー・シュレジンジャーの告別式で追悼演説を行っている。2009年に撮影され、2012年に公開された『贋作者 (en:The Forger (2012 film))』が、バコールが出演した最後の映像作品となった。 2009年11月14日に開催された、第一回ガヴァナーズ・アワード (en:Governors Awards) で、バコールは映画芸術科学アカデミーからアカデミー名誉賞を授与されている。 2013年7月に、バコールは撮影が予定されていた映画『Trouble Is My Business』への出演に興味を示したことがある。また、同年11月にはスタジオカナルのアニメーション作品『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ (en:Ernest & Celestine)』の英語版吹き替えに参加している。バコールの遺作となったのは、アニメーション・シリーズ『ファミリー・ガイ』で、2014年に放映された第12シーズンのエピソード「en:Mom's the Word」で、イーヴリンというキャラクターの吹き替えを担当した。
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