貴族院の意義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 14:25 UTC 版)
「貴族院 (イギリス)」の記事における「貴族院の意義」の解説
貴族院の意義については以下のような指摘がなされている。 まず庶民院(政党政治)を抑制して、その暴走を阻止することである。ヘイルシャム男爵クィンティン・ホッグは「選挙による独裁」(elective dictatorship)を阻止することが貴族院の役割と論じている。ジェームズ・ブライスも多数決は必ずしも国民の最善の意思を表すものではないため、多数決制度の欠点を補う意味で第二院が必要との認識を示している。 また庶民院を補完する役割も重要である。選挙のない貴族院は有権者の顔色をうかがう必要がないため、庶民院が指摘しにくい国民に不人気だが重要な視点などを指摘しうるし、庶民院議員が選挙区サービスに忙しいのに対し、貴族院議員は政治に専念できるのでより重厚な議論も期待できる。これについてウォルター・バジョットは「理想的な庶民院が存在する場合には、貴族院は不必要であり、またそれゆえに有害でもある。しかし現実の庶民院を見ると、修正機能を持ち、また政治に専念する第二院を並置しておくことは必要不可欠とは言えないまでも、極めて有用である」と論じている。 ジョン・スチュアート・ミルも「一般国民を代表する民主的機関の欠陥は特別な訓練と知識である。その適切な是正策は特別な訓練と知識を持つ機関を民主的機関に対置することである。一方の院が国民の感情を代表するとすれば、他方の院は実際の公務の経験によってためされ、確証され、かつ実際の経験によって強化された個人的価値観の代表する。また一方が国民の院であるとすれば、他方は政治家の院である。言いかえれば、重要な政務または仕事の経験をしたことがある、あらゆる生気あふれる公人から成る評議会とすべきだ。そのような議院は単に抑制力というだけではなく推進力ともなろう」と論じている。 かつての世襲貴族ばかりの状況の中では貴族院が政治への専門性を有しているのか疑問視する声もあったが、一代貴族制導入後の貴族院は、各分野に高度な専門知識を有する議員を擁しているといって差し支えない状態である(各分野で活躍した者が一代貴族に任命されるので)。また1999年に世襲貴族(保守党が多い)の議席が制限されたことで中立派(クロスベンチャー)と呼ばれる議員たちの比重が上がり、以降は特定の政党が支配的になっておらず、庶民院よりも政党政治に中立的である。この「専門性」と「中立性」により、現在でも庶民院の補完者としての貴族院の存在価値は高いと言われている。 左派寄りとされる『ガーディアン』紙のコラムで貴族院完全公選化を訴えていたコラムニストのティモシー・アッシュも2010年に貴族院に対する考えを変えたとしたうえで「(1999年貴族院改革から)この10年間、まさに英国の皮肉というべきは、この非民主的で古めかしくて時代錯誤な組織が、選挙で選ばれた政府の大衆独裁的な傾向に抗する防波堤でもあったことだ。(略)上院の特別委員会はエキスパートとして法律案を精査し、しばしば改善を加えている。公表された報告書のいくつかは第一級のものだ。公共政策の議論にとび切りの貢献をしている貴族院議員ならすぐに何人も挙げることができる。そんななかで最も優れているのは、最も非民主的に選ばれた、無所属のクロスベンチャーたちなのだ。」と論じた。 「国民世論や党派対立から超越した衆愚に陥らない有識者集団」として、特に「憲法の番人」としての役割を果たすことが期待される。そのため貴族院から最高裁判所機能を取り除いた2005年の憲法改革法は、貴族院の憲法院としての権威を低下させる改革とする批判も一部に存在する。 庶民院の修正の院として第二院を置くこと自体はイギリス社会に広く認知されており、一院制移行論は主流を為していない。一方で「民主的正当性」を重視する立場からは貴族院は批判される。世襲貴族はもちろんのこと、一代貴族も任命制であり、民意の委託を受けているわけではないためである。そのため第二院も公選制へ移行すべきとする議論があるが、「専門性」や「中立性」など貴族院の利点とされる要素を公選制のもとでも保てるのかが問題となる。どのぐらいの割合を公選制とするのか、どのような選挙制度にするのか、庶民院との差別化をどのように行うか、どのように政党化を抑止するのかなどに論点がある。 イギリスには「壊れていない物を直すな」という格言があり、貴族院改革反対論者はこの格言をしばしば引用する。2012年のキャメロン政権の公選制導入の貴族院改革法案も反対が多く挫折した。 存在意義の具体例として、近年ではEU離脱法案を巡る審議が挙げられる。2020年1月に、貴族院はジョンソン首相の意向に反して、離脱後も英国に住むEU出身者の在留資格や難民の子供の保護を保証する内容を含む修正案を可決した。
※この「貴族院の意義」の解説は、「貴族院 (イギリス)」の解説の一部です。
「貴族院の意義」を含む「貴族院 (イギリス)」の記事については、「貴族院 (イギリス)」の概要を参照ください。
- 貴族院の意義のページへのリンク