翼周りの現象と揚力発生原理
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 13:56 UTC 版)
揚力とは翼体の上側より下側が高圧となる圧力差である。揚力の原理について、とくに、非圧縮とされる日常的な速度を対象としては、古今様々な説明が試みられてきたが決定的なものがない。突き詰めていくと「空気(連続体)がそういう性質だから」といった、物性に基づいた仮定が下敷きになっており、「飛行機が飛ぶ原理はわかっていない」と揶揄される現状がある。 非粘性/ポテンシャル流(非圧縮) ポテンシャル流ではよどみ点の位置を予測できない。翼後ろ側のよどみ点が翼後端に固定されるという条件(クッタ条件)を課すことで揚力を計算できる。クッタ条件は粘性の効果のひとつと考えられる。 粘性流/境界層 粘性あり、すなわち境界層を考慮する場合には、翼と触れている流体要素は表面に付着し翼に対し停まっている(ノンスリップ)ため、表面速度から揚力を導くことはできない。境界層の外の速度場から計算する必要がある。これは翼型に境界層厚さを加味するということでもある。 非圧縮流れ 流速が音速よりはるかに低速の流れは非圧縮とみなされる。非圧縮場では、空気が翼体の通過によって押されるとき押された空気はつぶれることができず代わりに周辺の流路が狭まって流速が増す。流体要素の速度増減は圧力減増と対応し流速の高い部分は圧力は低い。これはベルヌーイ定理と呼ばれる。現実の流体要素でいうと、流路の狭まりに対し要素の流路への進行方向前側が先に進入するため要素が前後に引き伸ばされて圧力が下がる。 物体が空気中を移動すると物体前方で余剰となった空気は物体の上下を回り込んで物体背面側へと移動する。揚力ゼロの物体の場合は上下で回り込む量が同程度であるのに対し、揚力の大きい物体では上側でのみ回り込む(クッタ条件)。このとき物体の上側で流路が狭まり流速が増し、圧力が下がる。 揚力とは翼体の上側より下側が高圧となる圧力差である。これは非圧縮流の場合には速度変化を伴い、この積算量は循環と呼ばれる。揚力が生じているとき周囲の空気にはどこかで必ず逆向きの運動(ダウンウォッシュ)が起きる。ダウンウォッシュの周囲には渦が発生しうる。これらはいずれも揚力が生じているときの周囲の現象であり、揚力の発生機構ではない。発生機構としては、なぜ流体が翼面に沿って動くのか、後方よどみ点はなぜ物体の後縁にトラップされるのか(クッタ条件)といった点を省略せずに説明する必要がある。 超音速(圧縮性流れ) 超音速機のほうが揚力の一般向けの説明は容易である。(流体力学の知識が無いとき、空気が翼体に押されたときに空気がつぶれることを想像するため。) 薄板状の物体を迎角をつけて、空気中を音速を上回る速度で移動させる。物体下面(前面)では空気が翼により押しのけられるときにつぶれて高圧となる。背面側では逆に翼面に引っ張られた空気が希薄となり低圧となる。これにより迎角に依存した上向きの力が生じる。 実用上は前縁が鋭利であることが望ましい。実際の翼は菱がたの断面形状などが用いられる。 簡易的な説明として「飛び石説」と呼ばれる揚力解釈がある。 簡易的な説明 翼周りの流れや揚力の説明について、一般向けの簡易的な説明も様々に発案されている。以下に代表的なものをまとめる。 説明(説明の流れは左から右)妥当性カルマン渦との対比単純な円筒や球の周りの流れでもカルマン渦が生じるような状況では瞬時的に揚力が生じてる。これは物体前後のよどみ点や剥離の位置や物体上下左右の流速に余剰自由度と循環依存があり、初期値依存やヒステリシスが生じることの表れである。 野球ボールの縫い目のような突起があるとよどみ点や剥離点がトラップされ、時間平均したときの正味揚力も現れうる。 主流に対する偏向板(ダウンウォッシュの反作用)主流に対して流れの方向を変える偏向板として説明する。物体形状に沿うように局所の流動方向が変わり、翼の周囲や背後で下向き流れが発生。 全体として流れの方向が下へ偏向される。 流れを下向きに変えた反作用として翼は上に向かう。 「翼に沿った動き」という説明は密度変化を想起させるため非圧縮流れの説明として十分ではない。非圧縮流れで「翼に沿った流れ」という説明は、特に翼の下面では実現象と合わない。 地上を滑る物体の揚力車両のように地面のすぐ上を移動する半円形状の物体などを仮定して説明する。上面が高速かつ低圧となることや循環を説明しやすい。 物体下面を考えなくてよいため単純である。 飛び石説水面をはねる飛び石(水切り)に見立てた説明。「翼体下面に空気がぶつかることで高圧領域が形成される」といった解釈。 圧縮性(超音速)流れの現象に近い。したがって日常の諸現象とは合致しない。実際に空気が水面や噴流のように翼体下面に持続的にぶつかることはおきない。仮にぶつかった場合にも、流体は縮まず流路が狭まり圧力はむしろ下がる。 超音速機の翼の原理として説明するのであれば妥当。 循環説翼周りの循環(回転成分、翼上下の速度差と似義)という量で説明がつく。クッタ・ジュコーフスキーの定理を重視する立場。翼の上下流の合流が翼後縁からずれる状態は不安定だから現れないし考えなくてよい、すなわちクッタ条件を満たすことが前提の解説。 クッタ・ジュコーフスキーの定理はマグヌス効果の解析的な解であり、揚力が流速の2乗と流体の密度に比例する式。なぜ翼の背面に沿うかという点については安定解だからといった程度の説明。 等時間通過説(同着説)翼の前縁で上下に別れた気流は、等時間で通過して後縁で同着する。よって、翼の下面より上面の膨らみのほうが大きければ、より距離の長い上面の方が流速が速いので、上面の方が静圧が低くなる。 上向きの面の圧力積算量に対し下向き面の積算量が高値であるとき、上向きの揚力となる。 同着は観測手段が乏しかった時代の解釈で、誤り。上面と下面の流速の差により揚力が発生するというくだりは正しい。 流線曲率の定理に基づく説明流線曲率の定理により、物体の上面と下面で流線が非対称に曲がっていると圧力差となる。流線が得られている際の揚力説明の流儀のひとつである。 視覚的にわかり易いという点は優位。 アンダーソンの作用・反作用説翼上面の局所的に高速な空気は翼形に沿って流れる。このとき周囲の流体や壁面を引き込む。流体は下へ向かう。(噴流のコアンダ効果と同じという解釈)翼背面の流れが後縁まで付着し続ける、クッタ条件の原因を説明している。 欠点が指摘された(どこ?)。噴流以外にコアンダ効果を持ち出すべきでないという指摘。 境界層が付着し続けることについてコアンダ効果を持ち込む必要なしという指摘。
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