第5の哨戒 1944年10月 - 12月・信濃撃沈
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「アーチャーフィッシュ (潜水艦)」の記事における「第5の哨戒 1944年10月 - 12月・信濃撃沈」の解説
10月30日13時30分、アーチャーフィッシュは5回目の哨戒で日本近海に向かった。11月9日、前進基地のあるサイパン島に到着し整備を行った後、11月11日に出撃。11月14日に「ヒット・パレード」と呼ばれる哨区に向かうよう指示された。アーチャーフィッシュの哨区は、南北は本州沿岸から北緯33度10分まで、東西は潮岬以南から東経139度15分までであった。この哨戒での主な任務は東京空襲に参加するB-29のクルーに対する支援活動であった。11月24日になって中島飛行機工場に対する初のB-29による東京空襲が開始されたが、アーチャーフィッシュの出番はなかった。また、哨区に到着した頃には隣の哨区で活動していたスキャンプ (USS Scamp, SS-277) の安否を問う情報が11月26日まで数回入ってきた。11月27日、アーチャーフィッシュは「その日より48時間は空襲は実施されない」という連絡を受ける。これは、事実上48時間の間は救助活動のことに気を取られず、艦船攻撃ができることを意味していた。東京湾口浦賀水道沖で潜航哨戒をした後、調子が今ひとつだったレーダーを修理しつつ西に向かって航行した。20時30分ごろには、藺灘波島を視認したが、レーダーで探知できなかった。 その約18分後の20時48分、ようやく調子が戻ったレーダーが複数の目標を探知し、同時に見張りが右舷前方に黒影を発見した。アーチャーフィッシュが速度をたびたび調節しながら追跡を続けている間、エンライト艦長は目標が大和型戦艦であろう、大和型戦艦であってほしいと夢見たが、シルエットを観察した感じからタンカーであろうと判定した。この目標こそ、第17駆逐隊(駆逐艦雪風、磯風、浜風)に伴われ横須賀を出航した、艤装半ばにて呉海軍工廠へ回航途中の空母信濃に他ならなかった。アーチャーフィッシュは戦闘配置を令してなおも追跡。21時40分ごろには空母であろうと判断された。しかし、22時50分ごろに駆逐艦が接近し、アーチャーフィッシュは艦尾を駆逐艦に向けて距離を置いた。しかし、駆逐艦は攻撃せず引き返し、それと同時に信濃との距離も開いてしまった。23時30分、アーチャーフィッシュは信濃発見を司令部に打電した。11月29日を迎えても依然触接を続けていたが、信濃と駆逐艦がジグザグ航行をするので、アーチャーフィッシュは次第に信濃の前に出るような形となった。2時30分、2度目の報告を打電。その直後の3時ごろ、ほぼ西方に向かっていた信濃が南方に向きを変え、アーチャーフィッシュのいる方向に向かってきた。アーチャーフィッシュは潜航し、魚雷の発射準備を急いだ。エンライト艦長は、信濃を転覆させる意図を以って魚雷の深度を10フィート(約3メートル)に設定させていた。この時点で、相手(信濃)が艦型識別帳に掲載されていない未知の艦だということが判明した。3時18分に浜名湖南方176キロ地点で魚雷6本を、信濃の艦尾方向から艦首方向に向けて発射した。このうち4本が命中し、アーチャーフィッシュでは爆発音を6つ聴取した。直後の爆雷攻撃も3時45分ごろには止み、海中でじっとしていた。信濃は被雷後およそ7時間後の10時57分に和歌山県南端の潮岬の熊野灘北緯33度07分 東経137度04分 / 北緯33.117度 東経137.067度 / 33.117; 137.067(日本側資料では北緯33度06分 東経136度46分 / 北緯33.100度 東経136.767度 / 33.100; 136.767)で、右舷から転覆し沈没した。この様子は、ソナーを通じた重々しい爆発音の形で、海中のアーチャーフィッシュにも探知された。やがてアーチャーフィッシュは浮上し、18時30分に信濃撃沈とB-29のための気象報告を司令部に打電した。12月8日から9日には2隻の艦艇に対して追跡の上攻撃を行ったが、成功しなかった。 12月15日、アーチャーフィッシュは48日間の行動を終えてグアムアプラ港に帰投した。報告でのすったもんだの末、アーチャーフィッシュは28,000トンの空母を撃沈したと認定され、アーチャーフィッシュはこの功績により殊勲部隊章を受章された。アメリカ軍は信濃の撃沈自体は無電傍受で察知していたが、信濃川に由来する名前の巡洋艦改造空母と思い込んでいた。 アメリカ軍が信濃の正体を知ったのは1946年になってからのことで、エンライトは海軍長官ジェームズ・フォレスタルから海軍十字章を、ハリー・S・トルーマン大統領から部隊感状を授与された。
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