熱保護系統
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/07 17:39 UTC 版)
「スペースシャトル外部燃料タンク」の記事における「熱保護系統」の解説
ETの熱保護系統は、主に表面に塗装された発泡断熱材(オレンジ色に見えるのは、断熱材そのものの色である)、および成形された断熱材の断片や、加工された気化断熱材(アブレーター)によってできている。また空気中の水分が凝結して氷となって機体に貼りつくことを防ぐために、フェノール樹脂の断熱材も使用されている。液水タンクの断熱材には、むき出しになった金属部分が氷結したり、極低温の液水(沸点は-259.2℃)に外気の熱が伝わるのを防ぐことが要求されている。これに比して液酸は沸点が高い(-183℃)ので、アルミニウム製のタンクにはもっぱら空力加熱を防ぐことが要求されている。また液酸タンクの後部表面の断熱材は、空気中の水分が水滴となってタンク間構造体にたまることも防いでいる。液酸タンクの円筒部と供給管は氷の凝着を予想してそれに十分耐えられるように設計されているが、軌道船は発射の際の衝撃で落下してくる氷の破片と衝突する危険性は免れ得ない。熱保護系統の重量は2,188kgである。 ETの熱保護系統の開発は、最初から問題続きであった。NASAは様々な種類の発泡断熱材を開発したが、シャトルのこれまでの全飛行を通じて上に述べた氷の破片の落下を完全に防ぐことはできなかった。 STS-1(1981年):軌道船がETと接続して飛行している間、飛行士が窓の外に白い物質が流れ落ちていくのを見たと報告した。大きさは4分の1インチ程であると見られた。着陸後の調査では、予想もしなかった部分の発泡断熱材が崩落し、300枚ほどの軌道船の耐熱タイルが種々の理由で完全に交換することを余儀なくされた。 STS-4(1982年):上昇の際、電線や圧力管の取りつけ箇所の後方に不安定な空気の流れが発生することを防止する「空気負荷防護突起(Protuberance Air Load ramp, PAL ramp)」の断熱材の一部がはがれ落ちて軌道船と衝突したため、40枚ほどの耐熱タイルを完全に交換した。 STS-5(1982年):前回に引き続き、相当数のタイルが破損した。 STS-7(1983年):50×30cmほどの大きさのバイポッド・ランプ(Bipod ramp、右図参照)が脱落していることが写真で確認され、機体に数十箇所の小さな穴ができた。 STS-27(1988年):原因不確定の大きな発泡断熱材の剥離が発生し、耐熱タイルの一枚が完全に脱落して無数の小さな穴ができた。 STS-32(1990年):バイポッド・ランプの脱落が写真で確認される。直径70cm以上の発泡断熱材の剥離が5箇所確認され、耐熱タイルも損傷を受けた。 STS-50(1992年):バイポッド・ランプが脱落。耐熱タイルも20×10×1cmの損傷を受けた。 STS-52(1992年):バイポッド・ランプの一部のジャックパッド(jackpad)と呼ばれる部品が脱落。290枚のタイルが損傷を受け、1インチ以上の穴が16箇所できた。 STS-62(1994年):バイポッド・ランプの一部が脱落。 1995年、環境保護庁 の大気浄化法第610条によりトリクロロフルオロメタン(trichlorofluoromethane, CFC-11)の使用が禁止されたため、発泡CFCの機械による散布塗装は広範な分野で行われなくなった。これに替わってクロロフルオロカーボン(Chlorofluorocarbon, CFC)がシャトル計画でも使用されるようになり、CFCの塗装は特定の部分にのみ手で行われるだけになった。その「特定の部分」の中には、問題のPALランプやバイポッド・ランプその他の部分が含まれる。特にバイポッド・ランプに使用される発泡断熱材については、1993年以来全く変わっていない。その他の部分に関しては、HCFC 141b(フルオロカーボン141b)を含む断熱材が1996年のSTS-79で前方ドームの部分に初めて使用された。HCFC 141b の塗装箇所は、1997年のSTS-86以降ETの広範な部分に拡大していった。 2003年1月16日、STS-107が発射された際、空気抵抗によりバイポッド・ランプ部分の断熱材がはがれ落ち、軌道船左側主翼前縁に時速数百マイルで衝突した。これによりカーボン/カーボン断熱材が破損し、大気圏再突入の際に高温のイオン化した空気が翼の構造の中に入り込み、機体を空中分解させたと考えられている(コロンビア号空中分解事故)。事故後の調査報告書は、断熱材を製作した企業はHCFC 141bではなく、旧来のCFC-11を使用していたと指摘した。 断熱材剥落の問題は、その後も完全に解決されることはなかった。2005年、STS-114の機体搭載カメラはPALランプの断熱材の一部がはがれ落ちるのを撮影した。この部分は手動で何層にも塗られており、最も問題が発生しやすい箇所なのであるが、この時は破片が機体と衝突することはなかった。 STS-114の報告書は、ディスカバリー号の「リターン・トゥ・フライト計画(Return to Flight mission。絶対に失敗が許されない、必ず帰還しなければならない計画の意)」では、発泡断熱材に関してはさらなる改良が求められることを示唆した。しかしながらこの時点ではすでに三つの飛行計画(STS-116、STS-115およびSTS-121)が進行中で、この程度の問題は「許容範囲内」であるとされた。その後STS-118の飛行では、供給管の支持枠部分からはがれ落ちた直径10cmほどの断熱材(あるいは氷)の破片が後部接続部分をかすめ、主翼下面を直撃して耐熱タイルが2枚破損したが、幸いにも大きな事故にはならなかった。
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