最後の人間
作者山田正紀
収載図書ロシアン・ルーレット
出版社集英社
刊行年月2005.3
最後の人間
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/21 15:42 UTC 版)
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『最後の人間』(さいごのにんげん、The Last Man )は、1826年2月にメアリー・シェリーによって書かれた、21世紀末を舞台にした長編小説。著者の知人をモデルにした人物が登場する、半ば自伝的小説でもある。当時は酷評され、再評価を受けたのは1960年代になってからだった。
あらすじ
1818年、作者であるメアリー・シェリーは失われたシビュラの書の断片を偶然ナポリ近郊で発見した。そこに書かれていた未来の人類の運命に関する記述を一人称視点で語りなおしたものが本編、という設定となっている。
21世紀末、主人公ライオネルは、エイドリアンやレイモンド卿と知り合い、交流を深めていた。その矢先、ギリシャ・トルコ戦争が起こり、レイモンド卿はギリシャ側の指揮官として戦い、ギリシャを勝利へ導いた。しかしその後、レイモンド卿は急死する。
その頃から謎の疫病が広がり始めた。人間を死に至らしめるものの、他の動植物には一切被害を及ぼさないこの疫病により、人口は激減する。エイドリアンは残った人類の指導者として活躍するが、疫病の猛威は止まらない。イギリスを捨てて南へ逃げるためにフランス・スイス・イタリアへと移動するうち、残ったのはライオネル、エイドリアン、レイモンド卿の娘の3人だけとなる。3人はギリシャへ渡ろうとしてアドリア海の航海中に嵐に見舞われ、ライオネルだけが漂着する。ライオネルは最後の人間 (The Last Man) となり、これまでの記録を書く。それが偶然発見された、シビュラの書だった。
モデルとなった人物
主人公ライオネル・ヴァーニーのモデルは著者メアリー・シェリーである。また、主人公の親友エイドリアンは夫パーシー・シェリー、エイドリアンと主人公の共通の友であるレイモンド卿はバイロンをモデルとしている。
史実では、バイロンはギリシャ独立戦争中に病死、パーシーはヨットの事故で溺死、メアリーは息子パーシー・フローレンスと共に取り残された。小説の人物達もこれに類似した展開を迎えている。
日本語訳書
日本語訳には、『最後のひとり』というタイトルで出版されたものがある。
参考文献
- 『最後のひとり』 メアリ・シェリー著 森道子、島津展子、新野緑 訳、英宝社(2007年) ISBN 978-4-269-82029-6
関連項目
外部リンク
最後の人間
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タイトルの『歴史の終わりと最後の人間』の「最後の人間」は、ニーチェ哲学の概念である。 ニーチェは、民主主義的な価値相対主義の中に埋没し、平等を愛して、他人と争うことを嫌い、気概を失った人間を「最後の人間」と呼ぶ。フクヤマは「最後の人間」を、ヘーゲル哲学に出てくる「最初の人間」と対比させている。「最初の人間」たちは名誉のために命がけで戦い、勝った者は主人となり、敗けた者は奴隷となった。主人は誇りを覚え、奴隷は忍従を覚えた。貴族と奴隷の階級分化(貴族道徳と奴隷道徳の分離と成立)が起こったのが「歴史の始まり」である。フクヤマ的解釈では、ヘーゲルの歴史哲学とは、勝ち負けに執着する傲慢で子供じみた「最初の人間」が、角のとれた温和で寛容な「最後の人間」になるという観念論的な精神成長史である。フクヤマを批判する識者も多いが、フクヤマは世界中の人間が角のとれた温和で寛容な「最後の人間」になれば、世界中から戦争も内乱もテロもなくなるという、いわば当たり前のことを指摘しているのである。 ニーチェは近代の奴隷道徳の台頭に対して、貴族道徳の復活をラディカルに説いた思想家なので、この「最後の人間」を否定的、侮蔑的に語っている。「最後の人間」は気高い貴族的精神を失い、命がけで戦う信念も勇気も持たずに付和雷同的に周囲に同調して媚びへつらい、目先の利益には聡いブルジョワ的な小利口な人間であり、軽蔑すべき畜群である。だからニーチェ作品の翻訳者によっては、ラストマンのことを「末人」「おしまいの人間」などと翻訳している。しかし、フクヤマの使う「最後の人間」という用語にはそういう侮蔑的なニュアンスはなく、単純に歴史の最終段階に出現した人間だから、「最後の人間」と呼んでいる。 民主主義は国民の平等を説いた。この世に奴隷はなく、みな人間としての名誉を認められた。しかし、「普遍的な認知」というものが果たして意味を持ちうるのか? すべての人間が平等に価値があるのなら、すべての人間には平等に価値がないとも言い換えられるのではないか? キリスト教は普遍愛を説くが、すべてを愛するということは、逆に言えば何も愛していないというニヒリズムでもあるのではないか? ニーチェはブルジョワ民主主義の平等主義、価値相対主義のニヒリズムを指摘した。これは本質的な矛盾であるがゆえに、永遠に民主主義に付きまとう矛盾である。それがゆえに、ニーチェの近代批判はマルクスよりも本質的で、根源的だった。 フクヤマは、歴史終焉論を単純な「アメリカ勝利論」や「民主主義万歳論」と言うよりも、むしろ寂寥感のあるイメージで語っている。歴史の終わりとは、壮大な歴史の動きの終わりであり、もはや革命も戦争もおき得ない。アレキサンダー大王やチンギス・ハン、ナポレオンのような英雄も現れない。ベトナム戦争下の学生運動のような大きな政治的ムーブメントもおきず、人々はただ淡々と日常生活を過ごすだけ。歴史の終わり以前の歴史とは、誇り高い英雄たちの闘いの叙事詩だったが、歴史の終わり以後の歴史は、ただの記録の羅列でしかない。しかし、それが果たして本当に人間を幸せにしていると言えるのか? 近代化を完成させ、すべての歴史のプロセスを終えてしまった人間の寂しさ、ニヒリズムの到来もフクヤマは指摘しているのである。 単調な日常生活に耐えられず、時折、刹那的な通り魔事件や無差別テロを起こす人間も出現する。しかし、それはあくまでも個人のコンプレックスや倦怠感に基づくものであり、ある集団に対する組織的で制度的な差別によるものではない。国家体制を揺さぶるような内乱になりえず、どこまでいっても一人ぼっちの反乱に過ぎない。個人の葛藤や懊悩がどれほど深くとも、すべては小さな物語に過ぎない。貴族道徳の復活とニヒリズムの克服を説くニーチェ主義は個人のなかでは永遠に妥当しうるが、もはや社会運動化することはないのである。民主体制は平等主義と個人主義を普及させることにより、奴隷の反乱軍を細分化し、無力化することに成功したのである。 ただし、フクヤマは、マルクス主義が破綻した現代、歴史が再起動するとしたら、このニーチェのニヒリズムの克服論であるかもしれないという含みは残している。
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