日本時代(2012年-)
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「ケビン・クラフト」の記事における「日本時代(2012年-)」の解説
2012年にXリーグ1部のIBMビッグブルーに入団。IBMのヘッドコーチ山田晋三が彼の試合ぶりを見て惚れ込み獲得に動いたとされる。既にXリーグの試合に出場していたケビン・ジャクソン(オービックシーガルズ)、レジー・ミッチェル(相模原ライズ)、イアン・サンプル(IBM)らとも事前に情報交換をしていたようである。父のトムが日本でクリニック(選手向けの技術講習)を開催するなど、日本のアメフト事情に通じていることもクラフトが入団することに影響を及ぼしていると思われる。 トムの教え子でもあるダニエル・リンズ(相模原ライズやオービックシーガルズでオフェンスコーチに就任)、デイヴィッド・パウロズニック(オンワードオークスや明治安田PentaOceanパイレーツでヘッドコーチに就任)は日本での指導者キャリアを積み上げており、クラフト親子はXリーグの技術/戦術向上に大きく寄与している。 彼自身も”NFL入りを逃した米国人が選手であり続けるのは非常に難しい。カナディアンフットボールやアリーナフットボールに転向するという選択もあるが、やはり違うスポーツである。NFLとほとんど同じルールで行われているXリーグでプレイできる機会を与えられたことは非常に貴重なことだと思う”と後年語っている。 同年Xリーグ秋季第一節、リーグ優勝候補の対富士通戦で公式戦初出場を果たす。戦前より、本場米国から本物のQBがやってきたとの前評判が立っており、注目を集める中、試合開始からいきなり17回連続でパスを成功させ、2Q(クォーター)途中までで2TD(タッチダウン)パスを決め14-3とリードを奪う。後半に入り富士通がIBMの戦術にうまく対応し20-24と逆転負けを喫したものの対富士通戦で未勝利であり、富士通より格下と見なされる状況にあったIBMが、試合前半を支配したことが衝撃をもって後日報じられた。 同年のIBMの戦績は4勝3敗で2ndステージ敗退と、ほぼ例年通りであったがパス獲得yds1628、TDパス20本という成績はXリーグのシーズン記録を更新した。 2013年もパス獲得yds1973、TDパス24本と活躍したがチームは2ndステージで敗退。2014年は敵チームの対策が進んだせいか被インターセプトが11本と大幅に増えたものの、IBM史上初のJapanXBowlに出場。 彼の来日、入団によりIBMはXリーグの強豪チームとしての座を確保。試合中、戦術の伝達を数秒で行う必要のあるQBというポジションにおいては日本語ネイティブであることが必須(よって、米国人QBは技術レベルが高いとしても実力は発揮できないであろう)という固定観念を打ち破っての成功であった。以降、富士通、オービック、パナソニック、ノジマ相模原、などの他チームでも米国人QBを獲得する動きが広がった。 2018年3月に山田晋三がHCを退任し、クラフトが選手兼HCとなることが発表された。彼は入団以来オフェンスコーディネーターも兼任しておりこれ自体トップレベルのチームにおいては異例のことであったが、更にチームの総監督としての責務も追うという新たな試みとなった。同年の秋季は右腕のケガや控えQBの政本悠紀の成長もあり出場機会が激減。シーズン途中で「自分ではなく政本が主戦QBである」という表明がなされた。 年度別成績 年在籍試合数先発勝敗パスラッシュサックファンブル成功試投成功率Yds平均YdsTDInt回数Yds平均TD回数Yds回数ロスト2012IBM5 5 3–2 130 176 73.9 1,628 9.3 20 3 31 105 3.4 1 5 37 4 4 2013IBM7 7 5-2 142 213 66.7 1,973 9.9 24 2 23 161 7.0 1 2 13 5 5 2014IBM8 8 6-2 142 218 65.1 1,927 8.5 22 11 27 140 5.2 0 6 41 3 2 2015IBM7 7 5-2 107 159 67.3 1,384 8.7 8 3 22 -55 -2.5 0 6 55 1 1 2016IBM5 4 4-1 102 146 69.8 1334 11.2 12 6 28 52 1.9 2 4 通算272719–845667867.36,1559.174191033513.421914613122012年の成績はプレイオフ(2ndステージ以降)を含まない。2013年以降についてはプレイオフも含む
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日本時代(2007年 - 2008年)
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「呉偲佑」の記事における「日本時代(2007年 - 2008年)」の解説
2006年12月1日、台湾・台北市内のホテルで契約セレモニーが行われ、千葉ロッテマリーンズと2年契約を結んだ。 2007年は左肩の故障もあり、一時帰国するなどして一軍登板はなかった。 2008年5月5日、オリックス戦にNPB初先発し、7回途中1失点で勝利投手の権利を得たまま降板するも、リリーフが逆転を喫し、初勝利はならなかった。二軍では、イースタン・リーグ最多勝にあと1勝と迫る7勝を挙げた。12月2日に自由契約公示された。
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