怪物くん
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『怪物くん』(かいぶつくん)は、藤子不二雄(1988年の独立後は藤子不二雄Ⓐ)名義で発表された日本のギャグ漫画作品。1965年の初出時から安孫子素雄の単独執筆作品[注釈 2]。
注釈
出典
- ^ 米沢嘉博「第8章 少年誌の中の(A)」『藤子不二雄論』河出書房新社、2014年。ISBN 9784309412825。
- ^ グラニフ
- ^ 藤子不二雄Ⓐ「PARマンの情熱的な日々」『ジャンプスクエア』4巻6号、集英社、2010年5月4日、468頁。
- ^ 現在の藤子スタジオ社長である松野いづみ
- ^ 『怪物くん』のルーツ、手塚治虫さんとの秘話語る 漫画家・藤子不二雄Aさん、日テレNEWS
- ^ 藤子不二雄Ⓐ「お骨ダンスでコ〜ツコツ」『新編集怪物くん』4巻、ブッキング、2002年、54頁。
- ^ 藤子不二雄Ⓐ「ミスターシャドー」『新編集怪物くん』6巻、ブッキング、2002年、136頁。
- ^ 藤子不二雄Ⓐ「宇宙怪獣を襲撃せよ」『新編集怪物くん』5巻、ブッキング、2002年、124頁。
- ^ Neo Utopia vol.41、68頁
- ^ Neo Utopia vol.41、87頁
- ^ 山崎敬之『テレビアニメ魂』
- ^ 『少年画報大全』126頁
- ^ Neo Utopia vol.41、86頁
怪物くん
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 08:55 UTC 版)
様々な怪物が棲む怪物ランドから人間界へやって来た不思議な少年、怪物くんとそのお供であるドラキュラ、オオカミ男、フランケンが巻き起こす騒動を描くモンスターギャグ漫画。友達となったヒロシ少年と共に不思議な力を使って人間界で活躍する。1965年から1969年まで『少年画報』にて連載。また、1967年から1969年まで『週刊少年キング』でも連載された。1991年からはスピンオフ作品としてデーモン族の王子デモキンが主人公の『プリンス・デモキン』も執筆されている。
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怪物くん
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「ドラえもんの登場人物一覧」の記事における「怪物くん」の解説
藤子不二雄Ⓐの作品『怪物くん』のキャラクター。32巻『なんでも空港』の1コマのみに登場。また、ドラえもんの道具には、怪物くんぼうしというものもある。
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怪物くん
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「濱野淳 (オートレース選手)」の記事における「怪物くん」の解説
1998年の日本選手権オートレース優勝戦において、優勝した当時最強の高橋貢をただ1人力強い走りで追い上げ準優勝。山陽の怪物くんと呼ばれ全国的に注目を浴びる。 2001年にはSG初制覇。以降も通算3回のSGを獲得し、同期の伊藤信夫と並び24期の中心的選手である。特に、2002年に開催されたSG第34回日本選手権オートレースでは、優勝しなければスーパースター王座決定戦には出場できないという逆境の中、試走タイム3.23を叩き出した池田政和(23期、船橋オートレース場所属)を最終周回で差し返し、優勝を飾った。
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