実験の暴露と終焉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/28 08:46 UTC 版)
「タスキギー梅毒実験」の記事における「実験の暴露と終焉」の解説
タスキギー実験に初めて反対の声を上げたのは、医科大学を卒業してから4年しかたっていない若いシカゴの医師であるアイーウィン・シャッツであった。1965年、シャッツは医学雑誌に掲載されたこの実験に関する論文を読み、著者たちに直接手紙を書き、彼らがやっていることが非倫理的で恥知らずな行為だという意見をぶつけたのであった。著者の一人であったアン・ヨブスはシャッツの手紙を読んだが、すぐに無視を決め込み、返信不要という短いメモをつけてしまいこんだ。 1966年にはカリフォルニア州で公衆衛生局の性感染症調査官をしていたピーター・バクストンが、性感染症対策課の課長にこれ以上タスキギー研究を続けることの倫理性や道徳性を懸念する手紙を書いている。当時この研究を管理していた疾病対策予防センターは、この研究調査が完了するまで継続することの必要性をあらためて確認するだけだった。この「完了」とは、被験者が全員死亡し、解剖を受けることを意味した。その姿勢を後押しするように、疾病対策予防センターの研究継続のため(黒人医師を代表する)全米医師会(NMA)の地方支部やアメリカ医師会(AMA)は公然と支援活動を行っていた。 最終的にバクストンがマスコミに話を持ち込んだのは1970年代だった。1972年7月25日、タスキギー研究を取材したAP通信のジーン・ヘラーが書いた記事がワシントン・スター紙に掲載された。翌日にはニューヨーク・タイムズが一面に記事を掲載し、その存在が国際的な注目を集めた。内部告発者となったピーター・バクストンは以前に公衆衛生局で性感染症の調査官をしており、部局内でこの研究について抗議をおこなったが聞き入れられず、ワシントン・スター紙とニューヨーク・タイムズ紙に情報を提供したのだった。公衆衛生局のジョン・ヘラー(英語版)は、研究の後期において本局を指揮していたが、この実験は十分に倫理的であったと釈明を行っている。いわく「研究が長期化すればするほど、我々が最終的に導き出す知見は優れたものになる」。また作家のジェイムズ・ジョーンズもヘラーの記事にこんな私見を述べている。「男性たちの身分からいえばその倫理を問う議論をすべきだという根拠はみあたらない。彼らは被験者であって患者ではない。臨床研究の材料であって、病人ではないのだから」。 上院議員のエドワード・ケネディが議会聴聞を呼び掛け、そこでバクストンと教育福祉省の職員は証言を行った。世間から激しい抗議を受けたことを受けて、疾病対策予防センターと公衆衛生局は、この実験を総括するため即席の諮問会議を招集した。この会議では、男性たちが実験において「診察」や「治療」といった単純明快な言葉に同意を示していたことは確認されたが、彼らはこの実験の本当の目的については何も知らされていなかった。会議はこの研究が医学的にも正当化されえないと判断し、実験の終了を指示した。 この研究が終わりを迎える1972年までに生きていた被験者は74人しかいなかった。最初の399人のうち、28人が梅毒で亡くなり、100人が梅毒の合併症により亡くなった。彼らの配偶者40人にも感染が確認され、19人の子供が先天梅毒をもって産まれた。タスキギー大学歴史遺産博物館には、アメリカ合衆国政府がダン・カーライズに代えてロイド・クレメンツ・ジュニア宛に発行した小切手が展示されている。ロイド・クレメンツ・ジュニアはタスキギー梅毒実験の被験者の子孫の一人である。彼の曽祖父であるダン・カーライズと叔父であるルディー・クレメンツ、シルヴェスター・カーライズの二人も実験に参加していた。シルヴェスター・カーライズがタスキギー梅毒実験に関わったことを示す法的文書の原本もこの博物館には展示されている。ロイド・クレメンツ・ジュニアは、歴史研究者のスーザン・レバビーとともに自身の家族と実験の関わりを明らかにする仕事を続けている。 実験の参加者とその子孫のため後に全米黒人地位向上協会が起こした集団訴訟に対する和解案の一環として、アメリカ合衆国政府は1,000万ドルの支払と、実験から生き残った被験者とその過程で感染した家族に無償で治療を提供することに合意した。議会では、将来的にこのような虐待行為が発生することを防ぐための規制をおこなう権限を持った委員会の設立が決まった。 この実験を調査するなかで蓄積された資料は、メリーランド州ベセスダにあるアメリカ国立医学図書館に収蔵されている。
※この「実験の暴露と終焉」の解説は、「タスキギー梅毒実験」の解説の一部です。
「実験の暴露と終焉」を含む「タスキギー梅毒実験」の記事については、「タスキギー梅毒実験」の概要を参照ください。
- 実験の暴露と終焉のページへのリンク