北条虎吉像とは? わかりやすく解説

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北条虎吉像〈荻原守衛作/石膏原型〉

主名称: 北条虎吉像〈荻原守衛作/石膏原型
指定番号 3240
枝番 00
指定年月日 1968.04.25(昭和43.04.25)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 彫刻
ト書
員数 1箇
時代区分 近代
年代 1909
検索年代
解説文:  近代美術関係の指定は、先年洋画では高橋由一浅井忠青木繁を、日本画では大観観山春草を、彫刻では荻原守衛作品について行なわれたが、今回洋画では黒田清輝日本画では今村紫紅彫刻では前回引き続いて荻原守衛作品それぞれ指定された。
 黒田清輝一八六-一九二四)は初め法律を学ぶ目的フランス留学したが、のち画家となる決心固め折衷的外光派画家ラファエル・コラン師事し本格的な洋画修練積んだ明治二十六年滞仏十年成果帯して帰国当時画壇新風吹き込んだが、彼の画風紹介機にして脂派【やには】・紫派呼称生まれ、その画風の是非をめぐって議論起こったことによっても、その画壇与えた衝撃がいかに大きなものであったかが想像されよう。明治二十九年、白馬会結成したが、同年東京美術学校西洋画科が設置されるとその授業担当することになった二十九歳にして早くも西洋画壇の指導的立場立ったわけであるが、以後、彼は行政手腕発揮し画壇育成尽力している。
 フランスより帰国した年、彼は初め京都遊んだが「舞妓」はそのすぐれた成果一つである。エキゾティック感覚の高まり若々しい息づきとなって顕【あら】われているだけでなく、舞妓小娘呼応する構成や、鴨川明る流れ背景人物逆光の中でとらえた表現新鮮な魅力たたえているし、明る明暗諧調鮮明な色彩対比には彼の印象派的なすぐれた色彩感覚発揮されている。「舞妓」はフランスで薫育された彼の才能わが国風土の中で最初に、しかももののみごと結晶した作品いえよう
 今村紫紅一八八〇-一九一六)は日本画近代化の道を最も大胆に切り開いていった画家一人である。彼の画業当時必ずしも理解されたわけではなかったようであるが、それは彼の造形感覚時代よりはるかに先行していたからに違いない
 「近江八景」は「熱国の巻」(大正三年)に先んじて大正元年制作され第六回の文展出品され作品である。彼はこれまで人物画中心に努力重ねてきたが、かれにとって未開拓分野である風景画自己様式確立の道を見出そうとしてこの図を試みたもののようである。彼のこのくわだて独創的な構図鮮烈な装飾的な効果中にみのっているが、文人画大和絵技法摂取ユニークさ新鮮な造形視角今日においても目を見張るものがある。
 荻原守衛一八九-一九一〇)はわが国における近代彫刻先駆者である。絵画くらべてなり立ち遅れていた彫刻における近代出発が、ロダン学んだ彼のフランスよりの帰国契機として開花したことは忘れがたい
 「北条虎吉像」は彼のよき理解者であった兄本十の友人胸像で、彼の唯一にして本格的な肖像彫刻である。実在人物対象とするだけに、「女」のような文学性顧慮されていないのはもとよりであるが、造形骨格の強靱表現ロダンにまさるものがあり、厳し人間追求に彼独自の境地を示す。面貌ていねいに着衣はやや対照的に粗いタッチでまとめ、ロダン継承者にふさわしい生気ある人間把握行なっているところに彼の真面目を見ることができる。なお絶作「女」昨年すでに指定された。



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