並行路線の開通とその後とは? わかりやすく解説

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並行路線の開通とその後

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 15:37 UTC 版)

関門トンネル (山陽本線)」の記事における「並行路線の開通とその後」の解説

1958年昭和33年3月9日には、国道2号関門トンネル開通した。この国道トンネルは、鉄道トンネル1年遅れて着工したものであったが、戦後しばらくの間工事中断していたものであった鉄道トンネル関係者は、鉄道トンネルもあと1年着工遅れていたら、戦争混乱巻き込まれ戦後まで工事ダラダラ伸びていたかもしれないとしている。道路トンネルは、鉄道トンネル比べて急勾配許容できることから、海峡の幅がもっとも狭い早鞆の瀬戸通過している。このトンネル開通により需要減少した関門連絡船は、1964年昭和39年10月31日限り廃止となった続いて1973年昭和48年11月14日には高速道路関門橋開通した。このも、最狭部にかけるのが最適であるとして早鞆の瀬戸通過となった。そして、1975年昭和50年3月10日には山陽新幹線博多駅まで開通し新関門トンネル供用開始した新幹線についても、高速走行のために曲線半径大きくする必要から、早鞆の瀬戸通過することになった。こうして関門海峡横断する交通路合計4本となっている。 1972年昭和47年11月6日発生した北陸トンネル火災事故により、長大トンネル火災対策実施されることになった関門トンネル対策実施する長大トンネル条件には含まれていなかったが、海底トンネルあり、か通過列車本数が多いという条件から同様の対策実施されることになったこのため消火設備避難誘導設備準備電話機設置などの諸対策実施された。このときに設置され消火器は、塩分を含む漏水があり湿度が高いという条件のため、保守には手間がかかることになった1973年昭和48年)には、貨物列車増発用として新たに国鉄EF81形電気機関車が2両配置された。先に配置されていたEF30形関門トンネル区間専用設計であったに対してEF81形国鉄在来線電化区間の3電源方式にすべて対応する標準形の交直流両用電気機関車であり、関門トンネル区間投入されたのは塩害対策等の改良実施した300番台となった。この機関車は、1974年昭和49年)に寝台特急増発用としてさらに2両が増備された。ただし、これらの4両は貨物列車牽引必要な重連総括制御装置搭載されておらず、旅客列車の牽引限定して使用されていた。 しかしその後余剰となる機関車発生し1978年昭和53年)にはEF81形が2両常磐線へと転出したが、1984年昭和59年)と1985年昭和60年)に1両ずつ門司機関区戻された。この時期になるとEF30形老朽化してきたことから、1978年昭和53年)にまず試作車の1両が廃車となり、1984年昭和59年)からは量産車廃車始まった。そして、EF81形基本形から改造して製作され400番台14両が1986年度昭和61年度)に投入され1987年昭和62年3月末でEF30形運用終了した1987年昭和62年4月1日国鉄分割民営化実施されると、関門トンネル九州旅客鉄道JR九州)が承継した。これは、関門トンネル九州の人が本州に来るときに使うものだから九州担当すべきとの理由決められたという。下関駅管理する西日本旅客鉄道JR西日本)との境界下関駅構内九州側外れにある。 2005年平成17年10月1日ダイヤ改正では、JR西日本所有気動車による関門トンネル通過運用なくなり気動車関門トンネル通過定期では全廃となった同時にJR九州からの山陽本線方面への直通列車なくなり九州からの列車下関駅折り返しとなった2007年平成19年3月18日ダイヤ改正からEH500形関門地区投入され関門トンネル抜け貨物列車牽引担当するようになった同時に1,300トン貨物列車北九州貨物ターミナル駅までの乗り入れ開始された。2009年平成21年3月14日ダイヤ改正により、寝台特急富士「はやぶさ」廃止となり、関門トンネル通過する旅客列車415系による折り返し運転電車のみとなった2011年平成23年3月12日ダイヤ改正で、EF81形牽引貨物列車臨時1往復のみとなり、またEH500形福岡貨物ターミナル駅まで1,300トン貨物列車牽引して直通運転開始した。翌2012年平成24年3月17日ダイヤ改正で、EF81形による臨時1往復設定無くなり関門トンネル貨物列車は完全にEH500形牽引するようになった2020年令和2年11月に、JR九州門司保線区関門トンネル開業77周年自社建物内整備してきた「関門トンネル記念館」を公開した観覧は要予約)。

※この「並行路線の開通とその後」の解説は、「関門トンネル (山陽本線)」の解説の一部です。
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