ベジャールと日本文化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/06 07:45 UTC 版)
『ザ・カブキ』は、日本の伝統文化である歌舞伎の演目が外国人の手によってバレエ化された作品であり、初演時には「安易なジャポニズム」といった批判も一部に見られた。しかし、振付・演出を手がけたモーリス・ベジャールは、哲学者である父親ガストン・ベルジェの影響などもあり、世界中の文化に興味を持ち、日本、中国、インドなど東洋の文化にも精通していた。 ベジャール自身はイスラム教シーア派に改宗したが、フランスで活動した曹洞宗の僧、弟子丸泰仙(でしまる・たいせん)のもとで禅について学び、「座禅は私が舞踊で求めているものすべてをもたらしてくれた」と語る一方、自ら禅の指導も行っていた。 ベジャールは、日本映画では溝口健二の『雨月物語』、黒澤明の『生きる』、市川昆の『ビルマの竪琴』など、文学では川端康成や三島由紀夫の作品を愛好した。特に三島には強く傾倒しており、そのつながりから『葉隠』にも共感を示していた。『ザ・カブキ』の初演時のスタッフは、四十七士全員が切腹するラストシーンに『葉隠』からの影響を感じている。 三島由紀夫は『葉隠』が「唯一独尊の書」であると語っている。彼はこの本を常に仕事机の傍らに置いていたという。三島は、もしこの二十年間、自分が絶えず教えを乞い、ある一節を幾度となく読み返しては必ず感慨に耽るような書があるとすれば、それは紛れもなく『葉隠』である(三島は、幸いにもこの本の完全版をしかも原典で読むことができた)と言っているが、私自身も全く同じことを自分の言葉で言えるので、この三島の言葉に引用符をつけるべきかどうか迷うところだ。私は時間をかけて、友人であり、兄弟であり、師でもある人によって書かれたこの本の第一頁を音読した。「武士道とは死ぬことにある・・・・・・人生の難局にあって生死の望みが相半ばするときには、真っ先に死を選ばねばならない。難しいことは何一つない。ただ、覚悟を決め、行動するのみである(略)」 — モーリス・ベジャール、モーリス・ベジャール 前田充訳『モーリス・ベジャール回想録-誰の人生か?-自伝II』劇書房、1999年7月26日、ISBN 4-87574-589-3、15頁より引用 また、ベジャールは日本の古典芸能にも関心を持っており、初めて日本の伝統音楽を聴いたときのインパクトを『春の祭典』を聴いたときと同じくらいだったと表現している。 ベジャールは公演で来日した際には伝統音楽のレコードを買いあさり、劇場にも足を運んで伝統芸能のステージを鑑賞した。中でも日本の文楽については「世界の演劇の最高の形式」と高く評価している。1973年に作曲家ピエール・ブーレーズの『ル・マルトー・サン・メートル(主のない槌)』に振付けた際には、黒衣(くろご・黒子)に着想を得た、黒い衣裳に覆面をつけたダンサーを登場させており、『ザ・カブキ』においても、『仮名手本忠臣蔵』が文楽に由来することを踏まえて、黒衣に演出上の重要な役割を与えている。 なお、フランスでは本格的な歌舞伎の上演は1965年にパリのオデオン座において初めて行われた。その演目には『仮名手本忠臣蔵』が組まれており、ベジャールもこの舞台を見ていたものと推測されている。 このようなバックボーンを持つベジャールは、『ザ・カブキ』において表現したかったことを「忠誠心」であると語っている。 『ザ・カブキ』のテーマは『忠誠心』であり、これは『人類共通の、永遠のテーマ』である。ヨーロッパでは、『魂は神に、人生は王に、名誉は我に』という、日本の武士道に通底する騎士道精神が、ルネサンスの頃までは尊重されていたが、今ではもう失われてしまっている。現代人が忘れ去ってしまった忠誠心とはどういうものか、ドラマを通して伝えたかった。 — モーリス・ベジャール、『THE KABUKI(ザ・カブキ)』、新書館、1986年7月25日、ISBN 4-403-02011-9、14頁より引用 ただし、後年にベジャールは次のようにも語っている。 死は私のバレエの至るところに存在している。(略)「私の作品」と仰々しく呼びたくはないバレエのすべては、『死が私に語りかけるもの』と別ものだろうか。それは1978年にブリュッセルでマーラーの音楽で創られるバレエのために、グスタフ・マーラーから拝借したタイトルだが、これまで私は単にこのタイトルの数多くのヴァリエーションを提供してきたに過ぎなかったといいうことに、今夜、気付いたのだ。私のバレエは、死が私に語りかけるものを伝えているのだ。 — モーリス・ベジャール、モーリス・ベジャール 前田充訳『モーリス・ベジャール回想録-誰の人生か?-自伝II』劇書房、1999年7月26日、ISBN 4-87574-589-3、101頁より引用
※この「ベジャールと日本文化」の解説は、「ザ・カブキ」の解説の一部です。
「ベジャールと日本文化」を含む「ザ・カブキ」の記事については、「ザ・カブキ」の概要を参照ください。
- ベジャールと日本文化のページへのリンク