ハルフォード・マッキンダー
ハルフォード・マッキンダー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/03 15:33 UTC 版)
「戦略地政学」の記事における「ハルフォード・マッキンダー」の解説
ハルフォード・マッキンダーの代表作『デモクラシーの理想と現実』が発表されたのは、1919年のことであった。同書はハートランドについての彼の理論を提示するとともに、パリ講和会議で地政学的要因を十分に考慮することを主張しており、ウッドロウ・ウィルソンの理想主義と地理学的見地に基づく現実を対比させた。本書は"東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する"との格言でつとに知られる。 このメッセージは、ドイツとロシアを分離するための緩衝地帯の必要性から、パリ講和会議で世界の政治家たちにハートランドへの到達に戦略上重要な東欧の価値を訴えるために作られたものであった。これらの緩衝地帯は和平交渉によって作られたが、1939年には効果のない防波堤であることが証明された(戦間期における政治家たちの失敗と同様と言えるかもしれないが)。彼の仕事の最大の関心事は、別の大きな戦争の可能性を警告することであった(経済学者ジョン・メイナード・ケインズも警告している)。 マッキンダーは反ボリシェビキであり、1919年末から1920年初頭にかけてのロシア南部のイギリス高等弁務官として、白ロシア軍への支援を継続する必要性を強調した。 マッキンダーの功績は、イギリスで地理学が独自の学問として確立される道を切り開いたことである。 地理学の教育を発展させたという点に置いて、おそらく他のイギリスの地理学者と比べても彼の役割は最も大きいものであろう。 オックスフォード大学は1934年に至るまで地理学に教授職を置くことはなかったが、リバプール大学とウェールズ大学アベリストウィス校は1917年に地理学の教授職を設置した。マッキンダー自身も1923年にロンドン大学(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の地理学の正教授となった。 マッキンダーは2つの新しい用語を英語に導入したと言われる。すなわち"マンパワー"と"ハートランド"である。 ハートランド理論は国家有機体説(Geopolitik)を唱えるドイツ学派、特にその主要な提案者であるカール・ハウスホーファーによって熱狂的に取り上げられた。なお、国家有機体説は1930年代にナチス・ドイツによって受け入れられることとなる。ドイツにおけるハートランド理論の解釈は、第二次世界大戦時におけるフランク・キャプラ監督のアメリカプロパガンダ映画『我々はなぜ戦うのか』シリーズの第二弾である「ナチス侵攻!(英語版)」で明示的に言及されている(マッキンダーとの関連については言及されていない)。 ハートランド理論(より一般的には古典的地政学)及び地政戦略学は、冷戦時代の米国の外交政策立案に非常に大きな影響力を持っていた。 マッキンダーのハートランド理論は、地政学者ディミトリー・キツィキスの地政学モデル「中間領域」などにおいても見られる。
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固有名詞の分類
イギリスの政治家 | ジョージ・マカートニー ウィリアム・アダムソン ヘンリー・アイアトン ハルフォード・マッキンダー ジョージ・ジャーメイン |
地政学者 | 奥山真司 カール・ハウスホーファー 倉前盛通 ジェラルド・トール ハルフォード・マッキンダー |
イギリスの地理学者 | ジョン・ウォルター・グレゴリー ジョージ・エベレスト ヴィヴィアン・フックス ブライアン・ベリー ハルフォード・マッキンダー |
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