サスペンスの演出
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 17:53 UTC 版)
「アルフレッド・ヒッチコック」の記事における「サスペンスの演出」の解説
「サスペンスの巨匠」と呼ばれたヒッチコックは、映像の特性を活用してサスペンスを高める手法を追究した。ヒッチコックはサスペンスの基本的要素を不安や恐怖などのエモーションと見なし、それを強く感じさせるドラマチックなシチュエーションを作り、それを作品中で持続させることで、観客に緊張感を与え続けることを映画作りの鉄則とした。このようなシチュエーションを作るために、ヒッチコックはリアリティにこだわったり、物語の辻褄を合わせるために必要なシーンを付けたりすることはせず、例え不自然でデタラメだと思われても、あり得ないようなことや偶然の連続からプロットを組み立てた。また、緊張が持続するサスペンスの中に適度なユーモアを入れることで恐怖を和らげ、緊張とリラックスを並置させた。 ヒッチコックのサスペンスは、観客にだけ知らされる状況とそれを知らない登場人物の行動との間のギャップによって生まれる。ヒッチコックは「観客がすべての事実を知ったうえで、はじめてサスペンスの形式が可能になる」と主張し、あらかじめ犯人や犯行を示したり、観客にだけこれから登場人物の身に起きる恐怖の状況を告知したりして物語を展開した。『ライフ』誌のインタビューでは、「10分後に爆発する時限爆弾が仕掛けられた部屋で3人の男が無駄話をする」というシチュエーションを例に出してこのサスペンス演出を説明した。それによると、観客も登場人物も爆弾のことを知らない場合、くだらない会話が10分間続いたあとに爆発が起き、それで観客を驚かせるだけで終わってしまうが、観客にだけ10分後に爆発することを知らせた場合は、ヒッチコック曰く「爆発寸前になって一人の男が『ここを出よう』というと、観客の誰もがそうしてくれと願う。ところが別の男が『いや、ちょっと待て。まだコーヒーが残ってる』と引き留める。観客は心の中で嘆息をつき、頼むから出ていってくれとハラハラする」という緊迫感のあるシチュエーションが生まれるという。 こうしたサスペンス演出を実践した主な作品に『知りすぎていた男』と『サボタージュ』が挙げられる。『知りすぎていた男』では演奏会で重要人物を暗殺する計画を立てた一味が殺し屋に、シンバルが打ち鳴らされる瞬間に撃てと教え、そのレコードを繰り返し聞かせるシーンがあるが、映画評論家の双葉十三郎はそれが「観客が先に覚えてしまうぐらい丁寧である」といい、演奏会のシーンになると「観客はどこで撃つかがわかっているので、演奏の進行につれてぐんぐんとサスペンスがたかまってゆく」と述べている。『サボタージュ』では少年が包みの中に時限爆弾が仕込まれていることを知らずにそれを持ち運ぶシーンがあるが、ヒッチコックは街頭の時計を何度も写して爆発の時刻が迫っていることを観客に知らせ、そこに少年が道草を食ったり、少年の乗るバスが信号で進まなかったりするシーンを入れることで、観客の緊迫感を盛り上げている。 ヒッチコックはサスペンスの緊迫感を持たせるために、さまざまな事柄を登場人物の視線から描き、観客を登場人物に同化(観客が登場人物の身に置かれ、その人物の気持ちになって見てしまうように仕向けること)させた。そのような効果を与えるために、ヒッチコックはカメラで人物を真正面からクローズアップでとらえ、切り返して人物の視線から対象をとらえるという演出を行った。『裏窓』『サイコ』『マーニー』などでは、観客と人物の視線を一致させることで、観客をのぞき行為をする登場人物の共犯者となる役割に置いた。とくに『裏窓』では望遠鏡でのぞき見をする主人公のクローズアップとその視線から対象をとらえた映像を交互につなぎ、観客の見ているものと主人公の見ているものを同じにすることで、観客をのぞき行為をする主人公の立場に置き、彼に感情移入できるような趣向にしている。 ヒッチコックは多くの作品に「マクガフィン」と呼ばれるプロット・デバイスを採り入れている。マクガフィンはサスペンスを生み出すプロットを展開するためのきっかけとして便宜上設けられたアイテムであり、登場人物にとっては重要らしいものであっても、作り手のヒッチコックや観客にとっては何の意味のないものである。マクガフィンの主な例は、『三十九夜』の国家機密の戦闘機の技術、『バルカン超特急』の暗号文を潜ませたメロディ、『海外特派員』の講和条約の秘密条項、『汚名』のワイン瓶の中のウラニウム、『北北西に進路を取れ』のマイクロフィルムやカプランという名の架空のスパイである。ヒッチコック作品のマクガフィンは、物語の中で主人公や敵が追い求めるものであるが、それ以上の重要性や意味はなく、それ自体が何であるかは作品の途中や終盤でそれとなく明かされるだけである。
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