エリア6 長崎
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「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の記事における「エリア6 長崎」の解説
地図 長崎市中心部 No. 名称 所在地 概要 6-1 小菅修船場跡 Nagasaki Shipyard/ Kosuge Slip Dock (ID1484-012) 長崎県長崎市 1869年に落成した日本で初めて蒸気機関を用いた洋式ドックで、日本の近代造船では最古の遺構が残る。国の史跡に指定。通称「コンニャクレンガ」と呼ばれる扁平な煉瓦を用いた曳揚げ小屋は、日本最古の煉瓦造り建築。五代友厚、小松清廉、トーマス・グラバーらにより設立され、同年に明治政府が買収、1887年に三菱に移管し、現在は三菱重工業長崎造船所が管理。登録面積は2.36 ha(緩衝地域16.45 ha)である。 6-2 三菱長崎造船所 第三船渠 Nagasaki Shipyard/ Mitsubishi No.3 Dry Dock (ID1484-013) 1928年当時の第三船渠と建造中の日本海軍の重巡洋艦羽黒 Mitsubishi Dockyard 2 Nagasaki 長崎の手彩色絵葉書(明治) 1905年に竣工した全長222.2m・建造能力3万トン(いずれも竣工当時)の大型ドックで、竣工当時は東洋最大規模だった。その後全長276.6m・9万5千トンに増強され、現在も三菱重工業長崎造船所のドックとして稼働中。長崎造船所では明治時代に3つのドックが開設されたが、そのうち唯一現存する。竣工時設置のシーメンス社製排水ポンプも稼働中。見学は不可。登録面積は2.28 ha(緩衝地域5.82 ha)である。 6-3 長崎造船所 ジャイアント・カンチレバークレーン Nagasaki Shipyard/ Mitsubishi Giant Cantilever Crane (ID1484-015) 1909年に竣工したイギリスのアップルビー社製・吊上げ能力150トンの電動カンチレバークレーンで、日本で初めて設置された大型カンチレバークレーン。1961年に工場拡張のため移設されたが、当初から変わらず大型機械の搭載や陸揚げに使用され、現在も稼働中。海岸沿いに設置されているため、対岸から全体を眺めることはできるが、見学は不可。登録面積は0.03 ha(緩衝地域13.19 ha)である。 6-4 長崎造船所 旧木型場 Nagasaki Shipyard/ Mitsubishi Former Pattern Shop (ID1484-016) 1898年に竣工した煉瓦造り2階建の木型場で、明治30年代に作られた現存する木型場としては日本国内最大。長崎造船所の現存する建物の中でも最古。骨組は木造クイーンポストトラス組みで、屋根は桟瓦葺きの切妻屋根。1915年に増築されており、増築部分は鉄骨造フィンクトラス組み。現在は長崎造船所の史料館となっており、見学可能。登録面積は0.36 ha である。 6-5 長崎造船所 占勝閣 Nagasaki Shipyard/ Mitsubishi Senshokaku Guest House (ID1484-014) 1904年に落成した曽禰達蔵設計の木造洋館。当時の長崎造船所所長、荘田平五郎の邸宅として建設されたもので、造船所構内の丘の上に立地する。なお、予定されていた邸宅としては使用されず迎賓館となり、現在まで使用され続けている。見学は不可。登録面積は0.41 ha である。 6-6 高島炭坑 Takashima Coal Mine/ Takashima Coal Mine (ID1484-017) 開国後の蒸気船用石炭需要の高まりを受けて、1868年に日本で初めて蒸気機関を用いて竪坑が開削され、日本における近代炭鉱開発の先駆けとなった。この坑は翌1869年に海底炭田に着炭し、北渓井坑と命名され1876年まで採掘された。蒸気機関の動力は炭箱を運ぶ巻揚機、排水ポンプなどに使用され、その技術は筑豊炭鉱や三池炭鉱に伝わった。北渓井坑跡は国の史跡に指定。当初は佐賀藩とグラバー商会による共同経営だったが、後に三菱の経営となり、1986年に閉山した。登録面積は0.17 ha(緩衝地域5.75 ha)である。 6-7 端島炭坑 Takashima Coal Mine/ Hashima Coal Mine (ID1484-018) 現在の様子 明治後期の端島(軍艦島)長崎の手彩色絵葉書 1870年に石炭の採掘が始まり、1890年に三菱の所有となった炭鉱の島。製鉄用原料炭に適した良質な石炭を産出する炭鉱で、炭鉱開発とともに埋め立てにより拡張され、大正期の1916年以降に多くの鉄筋コンクリート造高層住宅が建設された。国の史跡に指定。明治末期には八幡製鉄所向けの原料炭生産地となった。1974年に閉山したが、地下を含めて多くの生産施設や幾度に亘る埋め立ての護岸遺構が残っている。老朽化のため立入禁止となっていたが、2009年から見学施設内に限り見学可能となっている。なお、Google ストリートビューでは立ち入りが規制されている区域の一部の様子が見学可能。登録面積は6.51 ha(緩衝地域36.04 ha)である。 6-8 旧グラバー住宅 Glover House and Office (ID1484-019) 小菅修船場や高島炭鉱の経営など、近代技術の導入を通じて日本の近代化に尽力した、スコットランド出身の実業家トーマス・グラバーの邸宅。主家は1863年に建設された日本最古の木造洋風建築で、欄間がアーチ型になっている一方で日本瓦や土壁が用いられるなど、イギリスのコロニアル様式と日本の伝統技術が融合した形となっている。主屋と附属屋の2棟が国の重要文化財に指定。他の邸宅や移築されてきた洋館などと併せて、1974年に観光施設「グラバー園」となった。登録面積は0.31 ha(緩衝地域61.95 ha)である。
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