23区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2008/12/15 01:33 UTC 版)
23区
このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの言葉や名前が二つ以上の意味や物に用いられている場合の水先案内のために、異なる用法を一覧にしてあります。お探しの用語に一番近い記事を選んで下さい。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えて下さい。 |
23区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/29 14:50 UTC 版)
「過去に存在したイトーヨーカ堂の店舗」の記事における「23区」の解説
(初代)小岩店(江戸川区南小岩7-23-20、1963年(昭和38年)5月1日開店 - 1982年(昭和57年)3月閉店)小岩駅前店(売り場面積約7,146m2)が1980年(昭和55年)4月に開店し、(2代目)小岩店となった。 (初代)曳舟店(墨田区京島1-27-3、1967年(昭和42年)7月開店 - 2010年(平成22年)11月7日閉店)売り場面積約2,540m2。 3階建ての建物に食料品や衣料・雑貨売場が配置された店舗で、当社で初めて食品のマーチャンダイジングを行った店舗である。 2010年(平成22年)10月24日に2階・3階部分を閉店、完全閉店までは食料品売場のみの営業となった。 2010年(平成22年)11月27日に曳舟駅前再開発事業「イーストコア曳舟」II街区に(2代目)曳舟店を開店。 (初代)亀有店×(葛飾区亀有町3-13-15、1971年6月開店 - 1996年(平成8年)1月7日閉店)→跡地はジャパンホームバリュー→建物解体)商店街奥から駅前の再開発ビル・リリオに移転。開店当時の店名は亀有駅前店で、数か月後に亀有店に改称した。さらに2006年(平成18年)には環七通り沿いにアリオ亀有が開店したことに伴い、亀有駅前店に再度改称している。旧店舗は存続されず閉鎖したが、亀有駅前店は店齢が10年強と浅いためアリオ亀有開店後も存続している。両店舗は数百メートルしか離れておらず、明らかな自社競合となっている。なお、亀有駅前店にあるスポーツ用品売場や電化製品の取扱いがアリオ亀有にないなど、売場の傾向が若干異なっていたが、2010年にリリオ内にダイソー、ノジマが、2015年にはニトリが出店。イトーヨーカドー亀有駅前店は店舗規模を縮小し、現在は食料品・日用品中心の取り扱いとなっている。 南砂町店(江東区南砂、1977年(昭和52年)7月開店 - 2000年(平成12年)8月閉店)売り場面積約2,842m2。 トピレックプラザのテナントとしてオープン。現在のトピレックプラザはイオン南砂店、ドイトを核としている。 その後江東区内では深川ギャザリアの商業施設として2000年(平成12年)11月16日に木場店が、2010年(平成22年)6月4日にアリオ北砂店がそれぞれ開業している。 (初代)大井店(品川区東大井5-2-3、1969年(昭和44年)4月10日開店 - 1997年(平成9年)4月6日閉店)売り場面積約4,176m2。 1997年(平成9年)4月18日に2代目となる大井町店が近隣に開業した。2代目となる大井町店の直営売り場面積は約12,000m2。 ヨークショッピングスクエア大井店として開業した売場面積4,176m2の店舗であった当社初のテナントを導入したショッピングセンター形式の店舗であった。初代店舗と2代目店舗ともオーナー同一であった。店舗跡は「おおい元気館」 (初代)大森店(1985年(昭和60年)9月14日開店 - 2000年(平成12年)3月閉店)売り場面積約9,750m2。 旧:大森京成百貨店。1979年(昭和54年)に傘下に入れ、「オーモリ京成」を経てイトーヨーカドー大森店に業態変更。 店舗跡はオオゼキ大森店などが入居する複合商業ビル。 (2代目)大森店(大田区大森北2-13-1、売り場面積約14,980m2)は2004年(平成16年)12月8日開店。(大森海岸駅近くのアサヒビール東京工場跡地) 蒲田店(東京蒲田文化会館内、1964年(昭和39年)4月24日開店 - 2004年2月29日閉店)1969年(昭和44年)当時は、東京蒲田文化会館内の地下1階から3階に入居していた。 1969年(昭和44年)5月1日に建物に隣接して野積みされていた段ボールなどの紙類で出火し、外壁の開口部から2階に延焼して3階にも広がり、2,129m2(各階1,064.5m2)のうち、1,782m2が焼失する火災が発生した[要出典]。 また、生鮮食品を初めて取り扱い始めた店舗でもある。[要出典] 店舗跡は『つるかめランド』などが入店する複合商業施設となるが、入居店舗の入れ替わりが激しく、複合商業施設に転換された当時から営業を続けている店舗は既に無い。 大山店(板橋区大山町39、1964年(昭和39年)7月開店 - 1994年(平成6年)2月閉店) 1979年(昭和54年)11月9日に火災を起こした。(2代目)大山店(売り場面積約1,872m2) 戸越店(品川区戸越6-8-2 1967年(昭和42年)開店 - 2016年(平成28年)8月21日閉店) 食品館高井戸店(杉並区宮前 2011年(平成23年)開店 - 2017年(平成29年)3月12日閉店)
※この「23区」の解説は、「過去に存在したイトーヨーカ堂の店舗」の解説の一部です。
「23区」を含む「過去に存在したイトーヨーカ堂の店舗」の記事については、「過去に存在したイトーヨーカ堂の店舗」の概要を参照ください。
23区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 03:21 UTC 版)
渋谷ロフト(渋谷区)◎:西武渋谷店ロフト館。 MoMA Design Store 渋谷ロフト(渋谷区):渋谷ロフト1階 MoMA Design Store 表参道(渋谷区・表参道)○:MoMA旗艦店舗日本1号店。 コスメロフト 東急プラザ表参道原宿店(渋谷区・表参道)○:東急プラザ表参道原宿5階。2019年4月19日開店。コスメロフト1号店。 池袋ロフト(豊島区)◎:西武池袋本店本館南ゾーン内。 MoMa Design Store 池袋ロフト(豊島区):西武池袋本店9階 池袋サンシャインシティロフト(豊島区)○:サンシャインシティアルパ内(書店跡地)。2017年9月29日に2階から1階に移転。 大塚ロフト(豊島区)○:アトレヴィ大塚3階。2013年9月12日、セルフ&シェルフ店舗として開店。2015年3月1日通常店に業態変更。 丸の内ロフト(千代田区)○:丸ビル内(丸善跡地)。狭い面積での新しい実験店舗としての位置付け。2022年5月22日に閉店予定。 コスメロフト グランスタ東京店(千代田区):グランスタ東京地下1階。2022年3月4日開店。 銀座ロフト(中央区)◎:銀座ベルビア館内。2017年6月23日開店。2019年4月26日に増床リニューアル。 MoMA Design Store 銀座ロフト(中央区):銀座ロフト3階 大井町ロフト(品川区)○:アトレ大井町内。 二子玉川ロフト(世田谷区)◎:二子玉川ライズDogwood Plaza内。 経堂ロフト(世田谷区)○:経堂コルティ内。 上野ロフト(台東区)◇:上野マルイ内。 北砂ロフト(江東区)◇:アリオ北砂内。 ロフト木場店(江東区)◇:イトーヨーカドー木場店3階。2013年11月15日開店。 亀戸ロフト(江東区)○:アトレ亀戸3階。2020年3月13日開店。 亀有ロフト(葛飾区)◇:アリオ亀有内。2012年4月20日開店。 東京ソラマチロフト(墨田区)○:東京スカイツリータウン内東京ソラマチ3階。2012年5月22日開店。 錦糸町ロフト(墨田区)○:錦糸町パルコ6階。2019年3月16日開店。 新宿ミロードロフト(新宿区)○:新宿ミロード6階。2016年3月18日開店。新宿ロフト閉店以来約9年ぶりの新宿地区再進出となる。 高田馬場ロフト(新宿区・高田馬場)○:BIG BOX 高田馬場2階。2019年4月12日開店。 北千住ロフト(足立区):ルミネ北千住5階。店舗面積約262.8m2。2020年10月9日開店。 ロフト大森店(大田区)◇:イトーヨーカドー大森店3階。2012年7月4日開店。 ロフト葛西店(江戸川区)◇:イトーヨーカドー葛西店1階。2017年10月27日開店。 後楽園ロフト 東京ドームシティラクーア店(文京区)○:2013年4月30日、セルフ&シェルフ店舗として開店。2018年2月2日通常店に業態変更。店舗面積119m2。
※この「23区」の解説は、「ロフト (雑貨店)」の解説の一部です。
「23区」を含む「ロフト (雑貨店)」の記事については、「ロフト (雑貨店)」の概要を参照ください。
23区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 21:12 UTC 版)
「過去に存在した関東地区のダイエーの店舗」の記事における「23区」の解説
0131:赤羽店×(1969年(昭和44年)12月5日 - 2010年(平成22年)7月11日18時) 北区赤羽2-5-7 SC名称:赤羽ショッパーズプラザ(旧SC名も同名を使用)店舗面積約13,785m2、延べ床面積約23,239m2。直営店舗面積11,470m2。 閉店時の直営店舗面積約3,114m2 フーズ&リビング館とファッション館の二棟からなっていたが、ファッション館は2009年(平成21年)閉店。フーズ&リビング館は2010年(平成22年)に閉店した。 建て替えを行い、店舗面積約6,700m2の本館とマンションの1階に入居する店舗面積約700m2の別館の2棟構成の新店舗が2012年(平成24年)3月1日に開業した。 新店舗では近隣住民の高齢化に対応して商品棚の高さを低めにしたり、エスカレーターの速度を通常の約70%に落とすなど施設面でも配慮を行うと共に、少量化した食品や介護用品など高齢者向けの品揃えも強化している。 Dマート赤羽店 → 0577:赤羽北本通り店(旧:忠実屋、1982年(昭和57年)3月25日 - 2016年(平成28年)2月29日) 北区神谷3-12-1 SC名称:理研神谷ビル店舗面積約9,909m2、延べ床面積約23,704m2。直営店舗面積8,283m2。 2016年(平成28年)3月1日に本州の総合スーパー29店舗が「イオンリテールストア」に承継されて、運営がイオンリテールへ移行し、同年3月6日にイオン赤羽北本通り店となった。 東十条店(1967年(昭和42年)12月1日 - 1985年(昭和60年)5月25日) 北区東十条2-14-3 十字屋新小岩店(1966年(昭和41年)11月 - 1996年(平成8年)7月) 葛飾区新小岩1-38-1店舗面積1,8422。 0592:グルメシティ花畑店×(旧:忠実屋、1990年(平成2年)11月8日 - 1998年(平成10年)6月30日[要出典]) 足立区花畑4-38-10店舗面積1,9532。 0118:トポス北千住店(旧:丸信千住店→丸信東京店→ダイエー北千住店、1969年(昭和44年)10月1日 - 2016年(平成28年)11月14日)足立区千住1-30-3。SC名称:丸信ビル丸信の東京進出店として開店したが、1977年(昭和52年)6月20日にダイエーに営業譲渡されダイエー北千住店となった。1981年にトポスに業態転換。トポス尼崎店が2010年に閉店してから唯一の「トポス」であったが、2016年11月14日に閉店。これによってトポスのブランドが消滅した。 丸興新小岩店 葛飾区新小岩2-1-2店舗面積約3,287m2。 丸興小岩店 葛飾区南小岩6-30-10店舗面積約1,135m2。 丸興金町店 葛飾区金町6-2-10店舗面積約2,406m2。 丸興亀戸店 → 十字屋亀戸店 → 十字屋クロスティ亀戸店(1972年(昭和42年)3月 - 2003年(平成15年)8月閉店) 江東区亀戸5-1-1店舗面積1,608m2、延べ床面積約2,922m2。 跡地は、ジョーシンを経てドンキホーテとなっている。 0257:大島店 (1974年(昭和44年) ‐ 2021年(令和3年)2月28日閉店)江東区大島4-6-1 セイフー大島団地店 → 0771:グルメシティ大島団地店(旧:グルメシティ関東(店番号:4224)、? - 2016年(平成28年)2月21日) 江東区大島4-13 大島四丁目団地1号棟店舗面積約794m2。 セイフー大島団地店として開店し、スーパーマーケット事業子会社のブランド統合によりグルメシティ関東運営のグルメシティ大島団地店となった。グルメシティ関東のダイエー吸収によりダイエー直営店となった後、2016年2月に閉店。その後、業態転換という形で2016年4月23日に子会社のビッグ・エーがビッグ・エー江東大島団地店を開店させた。 吾嬬店(旧:一徳→トウキョウダイエー、1964年(昭和39年)3月10日 - 1985年(昭和60年)9月1日) 墨田区京島3-20-16ダイエーの東京初進出店舗のひとつ。 4246:セイフー京島店 → グルメシティ京島店(1964年(昭和39年)3月 - 2015(平成27年)2月22日) 墨田区京島3-20-16 吾嬬ビル店舗面積1,190m2、延べ床面積約1,678m2。 閉店時の直営店舗面積約718m2 4213:グルメシティ東向島店(旧:セイフー、? - 2013年(平成25年)6月23日) 墨田区閉店時の直営店舗面積約532m2。 4215:セイフー三河島店 → グルメシティ三河島店(1967年(昭和42年)5月 - 2015(平成27年)2月8日) 荒川区店舗面積約768m2。 閉店時の直営店舗面積約721m2 0357:西葛西店(1982年(昭和57年)11月30日 - 2005年(平成17年)10月31日) 江戸川区直営店舗面積 約8,550m2。 開店から15年を経て陳腐化が進んだため、1998年(平成10年)9月21日から改装工事を行い、同年9月26日にリニューアルオープンした。 店舗跡は「サニーモール西葛西」となる。 「サニーモール西葛西」の店舗面積2,475m2、延べ床面積約11,757m2。 「サニーモール西葛西」には、ファッションセンターしまむら、新鮮市場マルエイ、ザ・ダイソー、サンドラッグなどが出店。 小岩店(旧:一徳→トウキョウダイエー、1964年(昭和39年)3月10日 - 1978年(昭和53年)9月17日) 江戸川区西小岩1-21-1ダイエーの東京初進出店舗のひとつ。 セイフー小島団地店 → 0626:アウトレット小島団地店(1974年(昭和49年)8月 - ?)江戸川区小島町2-1-159ユニクロ西葛西店→ユニクロがホームズ葛西店に移転しジーユーになる。 四ッ谷セイフー → セイフー四ッ谷店 → 4226:グルメシティ四ッ谷店×(1970年(昭和45年)10月14日 - 2011年(平成23年)5月29日) 新宿区愛住町5セイフー四ッ谷店の店舗面積約858m2 青楓ストアーがレジャー施設「レジャースター」として開業した。レジャー事業から撤退したため、スーパーのみで営業していた。老朽化に伴い閉店。 プランタン銀座(1984年(昭和59年)4月27日 - 2002年(平成14年)6月14日グループ離脱) 中央区日本で4番目のプランタンとして開業。プランタンで唯一のドル箱店舗だった。 ダイエーの経営悪化に伴い、富士銀行グループの協力を得てMBO(経営者企業買収)方式で2001年(平成13年)9月末日付で株式を売却する方向で進めていたが、土地・建物を所有していた読売新聞社が事前の相談なく株式を譲渡を決めたことを契約違反としてその計画に反対したため、読売新聞東京本社に株式を売却。 読売側がダイエーとの株式譲渡の基本合意に達したのと同日に百貨店の三越へ取得額と同額で30%を譲渡することで基本合意したため、三越(出資比率30%)と読売新聞東京本社(出資比率70%)が運営を行うことになった。 親会社になった読売新聞側が店舗の賃料を5億円増額して年間20億円とした上、三越側も経営指導料として売上高の約0.5%を採るようになると共に、三越の取引先との取引を余儀なくされるなどしたため、業績は低迷することになった。 ワーナー・ブラザース・スタジオ・ストア銀座店 → 銀座佰日店 → カテゴリーバリューセンター銀座店(2001年(平成13年)11月10日 - 2002年(平成14年)2月17日、2002年(平成14年)3月1日 - 2002年(平成14年)9月16日) 中央区銀座3-5−31997年(平成9年)にダイエーがカネボウグループから「銀座カネボウビル」を取得して「ワーナー・ビル」と名称を変更し、外装を含めて改装して地下1階〜地上3階の売場面積約300坪にワーナー・ブラザースとの合弁でキャラクターグッズ専門店「ワーナー・ブラザース・スタジオ・ストア銀座店」を開業した。 「ダイエー銀座ビル」と名称を変更して、100日間限定営業のダイエーブランドのアンテナショップとして2001年(平成13年)11月10日銀座佰日店が開業した。 その後に、高木ダイエー社長時代のダイエー改革の方針に掲げられた「カテゴリーバリューセンター(CVC)」店舗の実験・PR目的を目的とした「カテゴリーバリューセンター銀座店」に改装された。 「ダイエー銀座ビル」は2002年(平成14年)にシャネルの日本法人に売却され「シャネル銀座ビル」に改称、現在同建物には同日本法人の旗艦店である「シャネル銀座」が入居している。 0354:NOW芝公園店(1986年(昭和61年)5月29日 - 2006年(平成18年)6月30日) 港区芝公園2-4−1店舗面積約3,406m2、延べ床面積約102,313m2。 東京本社「浜松町オフィスセンター」のあった、「軍艦ビル」こと秀和芝パークビル(現:芝パークビル)に存在。本社機能の移転に伴い、あとを追うように閉店。 中目黒店(旧:一徳→トウキョウダイエー、1964年(昭和39年)3月18日 - 1984年(昭和59年)10月) 目黒区上目黒1-26-9ダイエーの東京初進出店舗のひとつ。 0284:碑文谷店(1975年(昭和50年)4月1日 - 2016年(平成28年)5月5日 ) 目黒区碑文谷4-1-1 SC名称:トーヨーショッピングセンター店舗面積14,514m2、延べ床面積約27,923m2。直営店舗面積14,009m2。 最盛期には約200億円を超える売上高を上げていたが、2013年(平成25年)には売上が約半分に落ち込んだ。 運営をイオンリテールに移管し、2016年(平成28年)5月5日に営業を終了し、12月に「イオンスタイル」として新装開業する。 0656: Kou'S品川店×(1996年(平成8年)11月28日 - 1998年(平成10年)9月27日) 品川区東品川4-12−5店舗面積約10,500m2。 東京都内最初のKou'sで、Kou'sとしては初めてワンフロアの店舗で車でのまとめ買い客を狙って東京23区内にも拘らず550台収容の駐車場を備えていた。 まとめ買い客を狙う会員制ホールセールクラブ特有の大型パックやケースでの販売だけでなく、肉や魚の対面販売や少量単位の品揃えを拡充するなど都市部の通常のスーパーでの買い物需要にも対応することを狙った売場構成で開業した。こうしたターゲットの違いもあり、従来の倉庫風のKou'sの標準的な内装ではなく、白を基調とした天井や床で照明も日本の一般的な消費者が好む明るめに変更されていた。 日本たばこ産業と鹿島建設が新駅開業に合わせて進めていた「品川区東品川4丁目第1地区第1種市街地再開発事業」に参画してオフィスビルを取得してダイエーの本社機能を移転すると共に商業棟に出店する計画を前提にその対象地区内に開設された店舗であったため、業績悪化に伴ってオフィスビル取得や商業施設の進出で同事業に参画することを1998年(平成10年)8月に断念した関係で1998年(平成10年)9月27日に閉店して撤退した。 ダイエーの再開発事業参画断念後に複数のスーパーが当地区への出店を希望したが、その中からジャスコ(現在のイオン)が日本たばこ産業によって選ばれ、2002年(平成14年)9月30日に商業・ビジネス複合施設「品川シーサイドフォレスト」の第1期が竣工して同年10月17日にイオン品川シーサイドショッピングセンターが開業した。再開発事業のため建物は解体されている。0594:大崎店 → グルメシティ大崎店(旧:忠実屋、1987年(昭和62年)2月1日 - 2010年(平成22年)10月31日) 品川区大崎1-6−45号館閉店時の直営店舗面積約3,669m2 忠実屋の子会社「ザ・プレイス」が運営する高級スーパー「ザ・プレイス」として開業。その後、経営悪化のため忠実屋となった後、ダイエーとグルメシティになった。 跡地の一角には2011年(平成23年)5月18日に「ライフ大崎ニューシティ店」(店舗面積約1,303m2)が開店。 0354:品川八潮店 → グルメシティ品川八潮店(? - 2014年(平成26年)1月31日) 品川区八潮5-5-3SC名称:八潮パークタウン八潮ショッピングセンターの店舗面積約7,330m2、延べ床面積約10,250m2。 店舗面積4,543m2。閉店時の直営店舗面積約3,997m2。 0532:下北沢店 → グルメシティ下北沢店×(旧:忠実屋、1971年(昭和46年)3月26日 - 2008年(平成20年)1月13日) 世田谷区北沢2—20—17 SC名称:月凰ビル 店舗面積3,178m2、延べ床面積約6,110m2。 閉店時の直営店舗面積約5,309m2 「忠実屋名店センター下北沢店」として開業。 忠実屋下北沢店の店舗面積2,651m2。 跡地に建設されたビル内に、「フーディアム下北沢」(店舗面積1,111m2)が、2011年(平成23年)9月1日に開店した。(店番号0751)(Recipe SHIMOKITA) セイフー太子堂店 → セイフー三軒茶屋店(1977年(昭和52年)4月29日 - 2005年(平成17年)10月) 世田谷区太子堂1-14-16ライオンズマンション太子堂に出店していた(店舗面積1,631m2)。 2005年(平成17年)12月10日からダイエーの新店舗形態である「フーディアム三軒茶屋店」として営業をしている セイフー祖師谷店(1963年(昭和38年)7月1日 - ?)世田谷区祖師谷4-2−11コーポ富士に出店していた。 店舗面積651m2、延べ床面積約1,094m2、直営店舗面積約551m2。 跡地は、ビッグ・エー祖師谷店となっている セイフー希望が丘店(旧:シヅオカヤ、1972年(昭和47年)11月 - ?) 世田谷区希望ヶ丘団地6-28-8号棟店舗面積751m2、直営店舗面積約711m2。 旧シズオカヤ希望が丘店(店舗面積731m2)。 跡地は、バリューズフレックとなっている。 セイフー下石神井店×(1976年(昭和51年)6月18日 - ?) 練馬区下石神井3-1-2店舗面積757m2、延べ床面積約1,789m2。 跡地は、ライオンズマンションとなっている。 0586:練馬店(1987年(昭和62年)4月24日 - 2016年(平成28年)2月29日) 練馬区光が丘5-1-1 SC名称:光が丘IMA店舗面積38,700m2、延べ床面積約126,000m2。直営店舗面積8,383m2。 2016年(平成28年)3月1日に本州の総合スーパー29店舗が「イオンリテールストア」に承継されて、運営がイオンリテールへ移行し、同年3月12日にイオン練馬店となった。 4210: グルメシティ江古田店(1963年(昭和38年)9月 - 2015(平成27年)2月22日) 練馬区栄町34セイフー江古田店の店舗面積約1,232m2 閉店時の直営店舗面積約1,081m2 0778:グルメシティ練馬平和台店(旧:シズオカヤ→セイフー→グルメシティ関東(店番号:7114)、1974年(昭和49年)1月 - 2016年(平成28年)1月24日) 練馬区平和台4-19-10 SC名称:三晴ビルシズオカヤ練馬平和台店の店舗面積約961m2 店舗面積1,022m2、延べ床面積約8,748m2。直営店舗面積765m2。
※この「23区」の解説は、「過去に存在した関東地区のダイエーの店舗」の解説の一部です。
「23区」を含む「過去に存在した関東地区のダイエーの店舗」の記事については、「過去に存在した関東地区のダイエーの店舗」の概要を参照ください。
23区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 06:03 UTC 版)
「過去に存在した西友の店舗」の記事における「23区」の解説
無印良品青山店(渋谷区、1983年(昭和58年)6月開店 - ?閉店) 店舗面積103m2。 西小山店(目黒区目黒本町5-7-9、1969年(昭和44年)6月開店 - ?閉店) 店舗面積1,676m2。 下北沢エンドー → ファーストキッチン 赤羽店(北区赤羽1-7-9) 店舗面積11,073m2。 1号館と2号館が存在した。1号館が2000年頃閉鎖 → その後本部移転後、旧2号館が新赤羽店に店名変更 → 赤羽店に店名変更。旧1号館はツタヤ、ブックストア談など複数テナントが入る。赤羽店は店舗部分は地上1階と地下1階に縮小。屋上駐車場は廃止 浜田山リビング館 → DAIK浜田山→浜田山店 Part2× (杉並区浜田山760、1976年(昭和51年)11月開店) 店舗面積760m2。 1981年に「DAIK」として開店し、その際、林真理子がコピーライターを担当した「つくりながら、つくろいながら、くつろいでいる。」は、TCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞を受賞した。 (初代)志村店(1965年(昭和40年)開店) コンサートホール志村店 (2代目)志村店(板橋区志村1-35-11、1973年(昭和48年)10月開店) 店舗面積1,676m2 → 店舗面積1,107m2(1977年(昭和52年)6月に縮小)。 1977年(昭和52年)6月に一部売り場を閉鎖して縮小し、店舗面積1,107m2となった。 千早店 練馬北町店(練馬区練馬北町1-37-3、1963年(昭和38年)5月開店) 店舗面積1,676m2。 (初代)中村橋店×(練馬区中村北3-15-8、1968年(昭和43年)5月開店 - 2003年(平成15年)12月閉店 ) 店舗面積1,365m2。 道路建設のため閉店。中村橋駅改札口と直結する西武線高架下に(2代目)中村橋店が2004年(平成16年)3月9日に開店した。 旧店舗は、郵便局舎隣りの場所で営業し、移転前まで合鍵売り場と、キャッシュポイントを併設していた。 大泉学園店×(練馬区東大泉503、1967年(昭和42年)5月開店 - 2006年(平成18年)5月31日閉店) 店舗面積1,553m2 → 店舗面積1,560m2。 近隣に1983年(昭和58年)4月27日にオズ大泉店が開業している。 祖師谷店(世田谷区砧6-29-3、1968年(昭和43年)開店 - ?閉店) 店舗面積1,244m2。 祖師ヶ谷大蔵駅の南側300mほど、祖師谷南商店街の中ほどに存在していた。建物は現存、現在はハックドラッグと100円ショップダイソーが入居している フードマガジン六本木店(東京都港区六本木6丁目11-1、2001年(平成13年)11月28日開店 - 2011年(平成23年)8月閉店) 六本木ヒルズに出店していた店舗で、最後まで残っていたフードマガジンの店舗だった。 シネ・ヴィヴァン・六本木×(映画館六本木WAVEのB1F、東京テアトルに移管後、再開発に伴い1999年閉館) 錦糸町西武店→LIVIN錦糸町店(墨田区江東橋4-27-14、1986年(昭和61年)11月5日開店 - 2017年(平成29年)10月9日閉店) 楽天地ビル内に、百貨店業態の錦糸町西武店として出店。1999年(平成11年)6月16日にLIVINに業態転換。 西友・西武百貨店等との合弁会社及び運営会社である株式会社錦糸町西武も設立された。 楽天地ビルの核テナントが「パルコ」に変更されることになり、2017年(平成29年)10月9日に閉店(公式サイトでは休業扱い)。 ビルは大規模改修された後、2018年(平成30年)9月6日に地下1階に縮小し、錦糸町店として開店。2019年(平成31年)3月16日に、地上1階から7階部分が「錦糸町パルコ」として開店した。 キネカ錦糸町×(映画館、1986年(昭和61年)11月5日開館 - 1994年(平成6年)閉館) 楽天地ビル・錦糸町西武店プライム館7階に存在した。 高田馬場店(1962年(昭和37年)9月1日開店 - 2021年(令和3年)11月30日閉店) 「西武ストアー」時代から運営していた店舗。ひばりが丘団地店の閉店後、西友最古の店舗であった。 入居していた建物が老朽化し、閉店となった。
※この「23区」の解説は、「過去に存在した西友の店舗」の解説の一部です。
「23区」を含む「過去に存在した西友の店舗」の記事については、「過去に存在した西友の店舗」の概要を参照ください。
2・3区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/24 15:01 UTC 版)
2区は遺跡の東側中央に位置する。検出遺構は9-10世紀を中心とする平安時代の住居跡50軒・掘立柱建物跡11軒・多数の土坑多数・数条の溝状遺、畝状遺構3。出土遺物は土師器・須恵器・灰釉陶器・緑釉陶器・鏡(八稜鏡)・帯飾具・銅銭(皇朝十二銭「神功開宝」)・ウマ・ウシなどの動物遺体・やっとこ・鎌・刀子などの鉄器・砥石・碁石・丸石・石杵・鉄滓。 出土遺物のうち、土師器は内面が黒い甲斐型土器や信州系土器で、器種は杯、椀、皿、甕など。銅銭は43号住居跡から出土した皇朝十二銭「神功開宝」で、遺存状態は悪いものの一部の文字が識別されている。八稜鏡は34号住居跡の遺物が集中するカマド外右側の小穴内で、石に立てかけた状態で出土しておいる。文様が一部融解しているが、遺存状態は良い。八稜鏡は平安時代後期に化粧道具として貴族層に用いられたもので、県内では国衙地域である盆地東部から多く出土しており、百々遺跡に近い韮崎市の宮ノ前遺跡の出土事例もある。 動物遺体では二区からウマ・ウシ・ヒトの3種が出土している。ウマは住居跡などから出土し、頭骨のほか下切歯・上切歯・下顎歯・上顎歯が確認される。一分は咬耗(こうもう)が進んでいることが指摘される。ウシは頭骨・右中足骨のほか、下切歯・下顎歯・上顎歯・歯根部などが確認される。状態は未咬耗から萌出期、乳歯まで様々。ヒトは住居跡から臼歯片1点が出土している。
※この「2・3区」の解説は、「百々遺跡」の解説の一部です。
「2・3区」を含む「百々遺跡」の記事については、「百々遺跡」の概要を参照ください。
「23区」の例文・使い方・用例・文例
- 私は、通勤しやすいように23区内にマンションを持ちたい。
- 私は、通勤用に23区内にマンションを持ちたい。
- 私は、通勤のために23区内にマンションを持ちたい。
- 東京都23区や政令指定都市の行政区などの事務を取り扱う役所
- 東京都主要部23区
- 東京都のうちで,23区以外の市町村
- 東京都の23区
- 東京23区のJR東日本と都営の両交通機関に使える乗車切符
- 同社は,初回の100台を東京23区の在住者に限り販売する予定だ。
- 同署は東京23区内の警察署の中で最大の管轄区域を持つ。
- 東京都品川区にある清(せい)岸(がん)寺(じ)の祐(ゆう)天(てん)桜(ざくら)は樹齢250~300年で,東京23区内で最も古い桜の木だと考えられている。
- フィリピンの首都圏「メトロ・マニラ」は,東京23区と同じぐらいの面積ですが,人口がより密集しています。
- 東京23区は人口が9万人いますが,メトロ・マニラの人口はおよそ12万人です。
- 23区のページへのリンク