高田馬場
高田馬場
高田馬場
高田馬場
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/04 21:47 UTC 版)
詳細は「高田馬場」を参照 現東京都新宿区西早稲田にあった高田馬場は、寛永13年にできて以来、馬術や弓術の練習場として明治までつづいた、江戸の馬場のうちでももっとも古く、大きくまた長くつづいたものの1つである。この馬場に松の樹を植えたのは、享保年間といわれ、雑司が谷の鬼子母神に参拝する人びとにとって、途中の馬場での遊びは欠かせないものとなったといい、賭け的、大的、小弓の勝負、騎射その他の催物があった。東の馬場では「能、難子、謡、土佐、外記、放下の類、一々見もつくされぬ」芝原の賑わいであったという。 明治2年ごろ馬場の敷地は東西200間、南北25問、総坪5000坪(1.25ヘクタール)あったが、北側にあった8軒の茶屋に分割して払い下げられ、畑にかわっていった。
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