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さなだ-じゅうゆうし ―じふ― 【真田十勇士】

真田幸村仕えたと伝えられる一〇人の勇士猿飛佐助霧隠才蔵三好清海入道三好伊三(いさ)入道穴山小介海野六郎・筧(かけい)根津甚八望月六郎由利鎌之助の一〇人。明治大正期にかけて刊行された立川文庫登場し、人気を博した。


映画情報

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真田十勇士

原題:
製作国:日本
製作年:1954
配給:
スタッフ
監督:河野寿一 コウノトシカズ
脚本:村松道平 

結束信二 ケッソクシンジ
企画:大森康正 オオモリヤスマサ
撮影:吉田貞次 ヨシダサダジ
音楽:高橋半 タカハシナカバ
美術:鈴木孝俊 スズキタカトシ
録音:藤本尚武 
照明:山根秀一 ヤマネヒデイチ
キャスト(役名
月形龍之介 ツキガタリュウノスケ (真田幸村
石井一雄 イシイカズオ (真田大助
大友柳太朗 オオトモリュウタロウ (猿飛佐助
杉狂児 スギキョウジ (霧隠才蔵
岸井明 キシイアキラ (三好清海入道
大谷日出夫 オオタニヒデオ (穴山小助
夏川大二郎 ナツカワダイジロウ (由利鎌之助
喜多川千鶴 キタガワチヅル (おこん)
千原しのぶ チハラシノブ (山夏乃)
田代百合子 タシロユリコ (おしゅん)
河部五郎 カワベゴロウ (本多佐渡守)
上代悠司 カミシロユウジ (山大六)
渡辺篤 ワタナベアツシ (熊右衛門
坊屋三郎 ボウヤサブロウ (堀尾山城守
時田一男 トキタカズオ (倅太郎
有馬宏治 アリマコウジ (川村玄蕃
原健策 ハラケンサク原健作 (暗烏の伝
八汐路恵子  (お絹)
高松錦之助 タカマツキンノスケ (甚衛門
澤村國太郎 サワムラクニタロウ (天野将監
岸田一夫 キシダカズオ (三平
楠本健二 クスモトケンジ (石川左馬之助)
中野市女蔵  (田十内)
解説
急襲桶狭間」の大森康正企画になる真田十勇士三部作。「びっくり六兵衛」の村松道平結束信二脚本から「快傑黒頭巾(1953)」の河野寿一監督した。撮影吉田貞次音楽は「やくざ狼」の高橋半主な出演者は、「日輪」の月形龍之介、「快傑黒頭巾(1953)」の大友柳太朗、「母系図」の石井一雄、「遊侠夫婦笠」の喜多川千鶴、「快傑黒頭巾(1953)」の田代百合子、「青空大名」の千原しのぶなどである。
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
第一忍術猿飛佐助大坂城風雲急なる頃、真田一党紀州九度山に篭っていたが、佐助と清海入道二人幸村の命をうけ、徳川方が製造中の鉄砲秘密をさぐるため駿府潜入した。奉行天野将監鍛冶師衛門城中監禁して鉄砲を作らせていた。或夜佐助等は甚衛門行方探す娘お絹と弟子三平危難を救った事からこの事実を知り、甚衛門救出そうとする。佐助等に目をつけていた将監配下隠密おこんは、仕官を餌に左助を誘惑しようとしたが、却って彼に非を諭され、いつか左助に心を惹かれて行った。将監鉄砲製造が終れば、秘密保持のため甚衛門を殺そうと計画したが、早くもおこんはそれを知って佐助等に急報する。その夜、おこんの手びきで域内に忍入った一同は、佐助忍術と清海入道武勇将監を斃し、甚衛門救い出した。翌朝江戸帰る衛門親子を見送った佐助三好は、淋しげにたたずむおこんの姿を見た。そして彼女を連れて三人九度山へ帰って行った。 <第二忍術霧隠才蔵>同じ年の春、左助と三好霧隠才蔵加え諸国漫遊の旅に出た。途中で路金を飲み果したので、止むなく野武士山大六の兵士募集に加った。だが三人彼等手玉にとり、逆に大六手下にする。この地の領主堀尾山城徳川方に内通し、嫡子太郎大六の娘夏乃に横恋慕している。山城家老玄蕃大六山塞に遣わし夏乃をよこせと武力脅かした。彼女に同情した三人は、夏乃に術を授けて城中へ送った。折しも城中には本多佐渡守が来て祝宴開かれたが、才蔵と左助は忍術を以て佐渡一行成りすまして城中へはいり、太郎の手から夏乃を救った上、堀尾家の戦力表を盗み出す。そこへ本物佐渡守が到着した。気づいた城士達が驚く中を一同は術を使って悠々と上げ、やがて大六一党大阪入城のため山塞出発する。 <第三忍術腕くらべ同年秋、戦雲迫り九度山真田館では大六連日勇士達と野戦稽古余念なかったが一方で百姓の娘おしゅんと恋を囁いていた。代官田は幸村動静を探るため伊賀流忍者を館に忍びこませるかくして左助や才蔵連日連夜との間に激しい忍術合戦くりかえした。大助とおしゅんの恋が深まった頃、大阪から幸村出陣促す使者石川駆けつけるが、途中で伝に襲われて危い所を佐助才蔵救われるその夜、伝幸村寝所を襲って命を狙ったが、却って一太刀を受けて逃走する。やがて真田一党勇躍大阪向う。伝山道に待構え鉄砲幸村を狙ったが、それを知ったおしゅんのため、逆に銃で射たれた。おしゅんは涙にぬれながら、手をふって遠ざかる大助の姿を見送った。


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真田十勇士

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/21 13:01 UTC 版)

真田十勇士(さなだじゅうゆうし)は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての武将・真田信繁(真田幸村)に仕えたとされる、10人の家臣のこと。
  1. ^ 旭堂小南陵(現・南陵)「「立川文庫」前からの講談ネタ確認」。南陵によれば、「猿飛佐助」の初出は1901年2月、「霧隠の才蔵」の初出は1900年6月まですくなくとも遡ることができるといい、「猿飛佐助」を立川文庫執筆者が創作したとの説を退けている。
  2. ^ 日本映画データベースによれば、『猿飛佐助』(1915年7月、天活)、『真田十勇士』(1918年12月、天活)など。


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