詩と童謡
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本作品に挿入されている詩や童謡の多くは、当時よく知られていた教訓詩や流行歌のパロディになっており、元になっている作品は若干の例外を除いて今では忘れ去られている。以下特にタイトルのないものは書き出しを示す。 「黄金色の昼下がりに…」 (All in the golden afternoon ...) :巻頭に掲げられている献呈詩。全体として、この物語成立の発端となった1862年7月24日のボート遊びと、そこで3人姉妹にお話をせがまれた情景を詠んでいる。 「小さな鰐の、なんと…」 (How doth the little crocodile ...) :第2章で、教訓詩を暗誦しようとしたアリスがなぜか間違えてそらんじてしまう、小さな鰐が鱗を磨きあげる様子を描いた戯詩。アリスが暗誦しようとしたのは、著名な賛美歌作者アイザック・ウォッツ(1676-1748) の、当時もっともよく知られていた詩「怠惰と悪戯心に抗って」 (Against Idleness and Mischief) であり、「小さな鰐の」はこの教訓詩のパロディになっている。原詩は蜜蜂の熱心な働きを讃えて勤勉を称揚する内容。 「ヒューリーがネズミに言った、…」 (Fury said to a mouse, That ...) :第3章で、アリスに請われたネズミが、自分が犬や猫を嫌うようになった理由として披露する詩。一種のカリグラムになっており、この部分は文字がネズミの尻尾のようにうねって配列されている。内容は、あるネズミが犬のフューリーから、突然告訴すると言い立てられ、陪審員も裁判官も自分で担当して死刑にしてやると脅されるという不条理なもので、猫は登場しない。キャロルは詩人のテニスンから、長い行から始まってだんだん詩行が短くなってゆく妖精の詩を夢に見たという話を聞いたことがあり、これがこの詩の着想のもとになっている。手書き本『地下の国のアリス』では、この部分は犬と猫が連れ立ってマットの下のネズミたちをつぶしてしまうという、もっと話の流れに合った内容のものであった。 「もう年だろう、ウィリアム父さん、…」 ("You are old, Father William" ...) :第5章で、イモムシに促されて教訓詩を暗誦しようとしたアリスが誤ってそらんじてしまう戯詩で、ナンセンス詩の傑作として評価されているものの一つ。老年に達したウィリアム父さんが、にもかかわらず逆立ちや宙返りといった驚異的な身体能力を見せるので、その秘訣を息子から問われてそれに答えるというもの。アリスが暗誦しようとしたのは、同じ詩句ではじまるロバート・サウジーの教訓詩「老いた男の安楽、それはいかにして得られたか」(The Old Man's Comforts and How He Gained Them) であり、「ウィリアム父さん」はそのパロディになっている。原詩は、ウィリアム神父 (Father William) が老年の健康で静謐な生活の秘訣を若者から問われて、若いころの慎み深い信仰生活の大切さにあると答えるというもの。 「幼な子はどなりつけろ、…」 Speak roughly to your little boy...) :第6章で公爵夫人が赤ん坊への子守唄として唄う、幼な子を手荒く扱うように勧める内容の詩。元になっているのは「優しく語りかけよ」 (Speak Gently) という、様々な人に優しい言葉をかけることの大切さを説く感傷的な詩で、当時は非常によく知られていた流行詩であった。この原詩の作者は確定しておらず、フィラデルフィアのデイヴィッド・ベイツ説、アイルランド生まれのジョージ・ワシントン・ラングフォード説などがあったが、1986年になって、「D・B」と署名されたこの詩が1845年の新聞に掲載されていたことがわかり、現在ではベイツ説が有力となっている。 「きらきら光る、お空のコウモリ…」 (Twinkle, twinkle little bat...) :第7章で帽子屋がアリスに披露する、お盆のように空を飛ぶコウモリのことを唄った唄。帽子屋は、これを音楽会で唄ったところ女王の不興を買って死刑を宣告されたと説明する。この唄は現在でもよく知られている童謡「きらきら星」のパロディである。この原詩は18世紀のフランスのシャンソンを基にして、19世紀初めにジェーン・テイラーが作った替え歌「The Star」であり、マザー・グースの一つにも数えられる。なおキャロルのオックスフォード大学の同僚の数学教授に「コウモリ」とあだ名される、難解な講義をすることで知られていたバーソロミュー・プライスという人物がおり、この戯詩は彼の講義に対する風刺になっているらしい。 「もう少し早く歩けないか、…」 ("Will you walk a little faster?" ...) :第10章で「ロブスターのカドリール」を実演しながら代用ウミガメが唄う唄で、子鱈がカタツムリを海辺のダンスに誘うという内容。この詩はメアリー・ハウィット(英語版)による、古い唄の言い回しを踏まえた「蜘蛛と蝿」という詩の出だしをもじったものになっている。原詩は蝿が蜘蛛に螺旋階段の上に来るよう誘うというもの。 「ロブスターが喋っている…」 (Tis the voice of the lobster, ...) :第11章で、アリスが代用ウミガメとグリフォンに促されて、自分でもわけがわからずに諳んじてしまう詩。アリスが暗誦しようとしたのは前述のアイザック・ウォッツによる、怠惰を戒める教訓詩「怠け者」(The Sluggard) であり、原詩はものぐさな人の見苦しい生活を詠んだものであるが、アリスはこれをロブスターが身だしなみを整えたり、フクロウと豹がパイを取り合ったりするわけの分からない内容にしてしまう。 「海亀のスープ」 (Turtle Soup) :第11章の終わりに代用ウミガメが唄う、ひたすら海亀スープを讃える唄。元になっているのは、夜空の美しい星を讃えるジェームズ・M・セイルス作詞作曲の流行歌「夜の星、美しき星」(Star of the Evening, Beautiful Star) である。キャロルの1862年8月1日の日記に、リデル姉妹がこの唄を唄ってくれたとある。 「ハートの女王」(The Queen of Hearts) :第12章の裁判の場面で、布告役の白ウサギがハートのジャックの罪状として読み上げる詩。これは1782年4月の『ヨーロピアン・マガジン』に掲載されていた4連からなる詩の最初の4行を手を加えずに流用したもので、キャロルが使用したことで有名になりマザー・グースの一つに数えられることになった。使用部分はハートの女王が作ったタルトをハートのジャックが盗んだというもので、もとの詩ではハートのキングからスペード、クラブ、ダイヤと続いていく。 「君は彼女のところに行って…」 (They told me you had been to her...) :第12章で白ウサギがジャックの犯罪の証拠として読み上げる、あいまいな指示代名詞のためにほとんど理解不能なナンセンス詩。ハートの王はこの内容をこじつけてジャックの罪に無理やり結び付けようとする。これはキャロルが1855年に『ロンドン・コミック・タイムズ』に発表した8連のナンセンス詩をかなり改変して使用したものである。改変前の詩の最初の行は、ウィリアム・ミーによる感傷的な流行歌「アリス・グレイ」の第一節を真似ているが、ミーのこの歌はアリスという名の少女に思いを寄せる男を歌ったものであった。
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