船舶用国籍旗としての制定とは? わかりやすく解説

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船舶用国籍旗としての制定

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 05:00 UTC 版)

日本の国旗」の記事における「船舶用国籍旗としての制定」の解説

国旗としての日の丸は、幕末江戸幕府幕府陸軍の「御国総標」(軍旗)として幕府海軍船舶用の「国籍標識」(惣船印)として導入されその後船舶用限らず国籍を示す旗として一般化した幕末における船舶用としての制定経緯としては、次の二つの説がある。 薩摩藩主・島津斉彬提唱歴史学者松本健一国文学者暉峻康隆など、複数学者唱えるこの説が定説とされている。 1854年嘉永7年3月日米和親条約調印後日本船を外国船と区別するための標識が必要となり、日本国共通の船舶旗(日本船印)を制定する必要が生じた幕臣達は当初中黒」(徳川氏先祖である新田氏家紋大中黒新田一つ引」に手心加えてアレンジした、「白地に黒の縦一文字」の「中黒」)を日本船印考えていたが、薩摩藩島津斉彬幕府海防参与徳川斉昭らの進言によって、「日の丸」の幟を用いることになり、1854年8月2日嘉永7年7月9日)、老中阿部正弘により布告された。 島津斉彬老中首座阿部正弘に、日の丸日本国船印用いるべきだという建白書提出するにあたって水戸藩徳川斉昭宇和島藩伊達宗城佐賀藩鍋島閑叟といった有力大名たちにも同意得ていた。しかし反対意見少なくなかった。とくに守旧派幕府体制にこだわる人々には「日本国」という意識乏しく、惣船印徳川の「中黒」 を用いればよいではないかとする意見少なくなかった。しかし開明的藩主たちの後押し得て、「日の丸」が日本国の惣船印定められのである1854年8月4日嘉永7年7月11日)、「日の丸」を日本国船印定める、とする布達には、次のように書かれている大船製造については、異国船に紛れざるよう、日本国船印白地日の丸幟用い候よう仰せいだされ候。かつ、公儀御船白絹布交の吹き流し中柱へ相立て、帆の儀は白地中黒仰せ付られ候。 島津斉彬鹿児島城内から見た桜島から昇る太陽美しく思い、これを国旗にしようと家臣言ったといわれている。また薩摩藩から洋式軍艦昇平丸」を幕府献上するため、1855年1月安政2年2月江戸へ回航された際、日の丸船尾部掲揚された。これが日の丸日本の船旗として掲揚した第一とされる海事史学者石井謙治は「斉彬提唱説」を取り上げつつも、日の丸江戸幕府御用船旗に用いられ事実から、日の丸日本船の船印提唱されたのは自然のこととしている。 幕閣徳川斉昭提唱海事学者安達裕之は、上記の説を俗説に過ぎないとしている。『水戸藩史料』等の幕閣や斉昭の書簡仕様帳といった当時史料から、安達考察した日の丸制定の経緯次のうになる1853年7月8日嘉永6年6月3日)の黒船来航は、これまで低調であった大船建造の禁廃止による西洋建造推進させた。この際問題とされたのが外国船との識別方法で、同年9月初旬同年8月)に従前より「白地中黒」(白地に黒の横一文字)を幕府船の船印にした浦賀奉行が、蒼隼丸下田丸の代船(後の鳳凰丸)へ白地中黒とは別に日の丸掲げることを起工前に検討しており、日の丸日本船の船印にすることを企図している。 1853年10月6日嘉永6年9月4日)に老中浦賀奉行作成鳳凰丸図面評定所一座勘定奉行大目付目付渡し、惣船印日の丸採用することを諮問している。これに対して評定所一座大目付目付は、白地中黒を惣船印日の丸幕府船の船印にすることを、また勘定奉行は惣船印白地中黒帆印幕府船に白黒吹貫提案した。彼らが日の丸不可とした理由は、御城米船や銀・運搬する幕府御用船日の丸200年近く伝統的に用いたこと、日の丸の紅が退色し易いことを挙げている。 その後外交問題処理が優先され評議中断したが、鳳凰丸1854年6月6日嘉永7年5月10日)に竣工し幕府は惣船印決定迫られた。幕府は、勘定奉行勘定吟味役目付からなる大船製造掛に昨年9月評議案を審議させ、惣船印白黒吹貫帆印白地中黒幕府船を日の丸幟との答申得た1854年6月29日嘉永7年6月5日)に老中首座阿部正弘幕府海防参与徳川斉昭へこの答申諮問した所、斉昭は白地中黒徳川氏先祖である新田氏の印で、日の丸国名ある日本を示す印であり、逆にするべきと提言したその後1か月余りの間に斉昭と幕府の間で折衝が行われた結果、斉昭の意見が容れられ、1854年8月2日嘉永7年7月9日)に白地日の丸幟を「日本船印」とすることが通達された。竣工したばかりの「鳳凰丸」には日の丸の旗掲げられ白地中黒の帆が装備された。 また、石井行夫は安達説を踏襲しつつ、「鳳凰丸」が「昇平丸」よりも早く日の丸掲げるため公試一部省略したこと、浦賀奉行から提出され日の丸試案存在したことを取り上げている。

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