第10駆逐隊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/17 01:04 UTC 版)
1932年(昭和7年)5月19日、日本海軍は吹雪型2隻(狭霧、漣)により第10駆逐隊を新編した(駆逐隊司令栗田健男中佐)。栗田司令は初代司令駆逐艦を狭霧に指定した。11月30日、竣工したばかりの吹雪型駆逐艦21番艦暁の編入により、第10駆逐隊は定数3隻(狭霧、漣、暁)を揃えた。12月1日、坂野民部中佐(狭霧艦長)は第5駆逐隊(朝風、春風、松風、旗風)司令へ転任。清水他喜雄中佐(当時、峯風型駆逐艦4番艦島風艦長)が狭霧駆逐艦長(2代目)となる。 1933年(昭和8年)8月7日、狭霧は館山を出発、南洋方面で行動し、21日に木更津帰着。11月15日附の艦隊編制で、第二艦隊・第二水雷戦隊は軽巡洋艦那珂と、吹雪型駆逐艦を基幹とする第6駆逐隊(響、雷、電)、第10駆逐隊(狭霧、漣、暁)、第11駆逐隊(白雪、初雪、深雪)、第12駆逐隊(薄雲、白雲、叢雲)で編制。 1934年(昭和9年)6月29日、連合艦隊の演習で第二水雷戦隊所属駆逐艦の衝突事故が発生(深雪、電)、駆逐艦深雪(駆逐艦長大藤正直中佐)は沈没した。11月15日、清水他喜雄中佐(狭霧艦長)は第26駆逐隊(柿、楡、栗、栂)司令へ転任。姉妹艦東雲艦長の西岡茂泰中佐が狭霧駆逐艦長に転任。同日附で実施された艦隊再編により、第二水雷戦隊旗艦は那珂から軽巡神通に変更。第二水雷戦隊所属駆逐隊も、第6駆逐隊(雷、電、響)、第10駆逐隊(狭霧、漣、暁)、第19駆逐隊(浦波、敷波、綾波)、第20駆逐隊(東雲、吹雪、磯波)となった。 1935年(昭和10年)2月28日、有明湾で駆逐艦4隻(狭霧、敷波、電、旗風)が絡む多重衝突事故が発生した。敷波に衝突され、狭霧は小破した。10月15日、予備艦となる。11月1日、西岡茂泰中佐(狭霧艦長)は第13駆逐隊(若竹、呉竹、早苗)司令へ転任。荘司喜一郎少佐(当時、駆逐艦羽風艦長)が狭霧駆逐艦長となる。 1936年(昭和11年)6月1日、当時の狭霧航海長寺内正道大尉は横須賀海軍航空隊教官へ転任(寺内正道は坊ノ岬沖海戦時の駆逐艦雪風艦長。)。春風航海長小屋増男大尉が、後任の狭霧航海長となる。11月7日、横須賀を出発、同月17日に帰着するまで南洋方面で行動した。12月1日、荘司喜一郎中佐(狭霧艦長)は敷設艦厳島副長へ転任。則満宰次中佐(当時、駆逐艦雷艦長)が狭霧駆逐艦長として着任する。 1937年(昭和12年)7月28日、日本海軍は軽巡洋艦木曽、第6駆逐隊(響、雷、電)、第10駆逐隊(狭霧、漣、暁)、第11駆逐隊(吹雪、白雪、初雪)により第四水雷戦隊(司令官細萱戊子郎少将)を編制。第四水雷戦隊は日中戦争(支那事変)における輸送船団護衛や封鎖任務等に投入された。12月1日、則満宰次中佐(狭霧艦長)は第二水雷戦隊参謀へ転任。山本皓少佐(当時、駆逐艦白雲艦長)が狭霧駆逐艦長に補職される。 1938年(昭和13年)4月、第四水雷戦隊は解隊。4月19日、第10駆逐隊は予備駆逐隊となった(翌年3月15日より水雷学校練習艦)。同年6月27日、山本少佐(狭霧艦長)は病気の為に退任(6月29日、死去)。姉妹艦2隻(漣、暁)艦長を兼務していた小山猛男中佐は狭霧艦長の兼務を命じられ、吹雪型3隻(漣、暁、狭霧)駆逐艦長となった。7月9日、坪郷悦馬少佐が狭霧駆逐艦長に任命されたことに伴い、小山中佐の艦長兼務は2隻(漣、暁)に戻った。10月15日、坪郷少佐は第一港務部部員(佐世保海軍軍需部部員兼務)となり、磯久研磨少佐(前職は駆逐艦有明艦長)が狭霧駆逐艦長に任命される。 1939年(昭和14年)2月26日、日本の斎藤博・前駐米大使がワシントン(アメリカ合衆国)で死去する。斎藤大使の遺骨は、重巡洋艦アストリア(USS Astoria, CA-34) でアメリカから日本に帰国することになった。4月17日、アストリアは吹雪型3隻(響、狭霧、暁)に先導され、出迎えの軽巡洋艦木曽と21発の礼砲をかわし、星条旗と日章旗を半旗に掲げて横浜港に入港した。午後、斎藤大使の遺骨の引渡し式が行われた。 同年(昭和14年)11月1日、日本海軍は駆逐隊の名称を変更する。朝潮型駆逐艦4隻(朝潮、大潮、満潮、荒潮)で編制されていた第25駆逐隊を第8駆逐隊と改名。吹雪型3隻(朝霧、夕霧、天霧)の第8駆逐隊は第20駆逐隊に改称。11月15日、狭霧と朝潮型駆逐艦9番艦霞の駆逐艦長を入れ替えることになり、磯久研磨中佐(狭霧艦長)は霞艦長へ、白浜政七中佐(霞初代艦長)は狭霧艦長に、それぞれ交代する。また同日附で第10駆逐隊も解隊。後日、狭霧は第20駆逐隊、暁は第6駆逐隊、漣は第7駆逐隊に、それぞれ編入された。
※この「第10駆逐隊」の解説は、「狭霧 (駆逐艦)」の解説の一部です。
「第10駆逐隊」を含む「狭霧 (駆逐艦)」の記事については、「狭霧 (駆逐艦)」の概要を参照ください。
- 第10駆逐隊のページへのリンク