神戸市への編入
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「本庄村 (兵庫県武庫郡)」の記事における「神戸市への編入」の解説
ウィキソースに市村の廃置分合 (昭和25年総理府告示第321号)の原文があります。 本庄村には甲南市や灘市といった合併構想があったが、いずれも実現しなかった。東の精道村は単独で市制し、西の御影町・住吉村・魚崎町は昭和25年4月に神戸市へ早々に編入されている。戦後の合併の基底にはGHQの指示による財政改革による財政難やシャウプ勧告による合併の促進の保持などの要求などがあった。 本庄村の場合、芦屋市との相互の解消合併(合体)を行うか、神戸市に編入するかが問題となった。 甲南市建設計画が立ち消えになると、1948年12月24日に芦屋市より本山・本庄両村との解消合併新市建設の申し入れがあったが、本山村は魚崎町も含める事を求め、これが不可能となると1949年4月27日の本山・本庄両村の議員懇談会で、芦屋市との合併には応じられないとして、以後芦屋市と本庄村との合併案に切り替わる。 神戸市の方からも1949年以降は御影・住吉・魚崎3ヶ町村との合併の見込みがついてきたので、本山・本庄までも含めた5ヶ町村との合併の気運が強くなった。これを受け、本庄村でも同12月5日、村会に合併の為の特別委員会を設けて神戸・芦屋両市案の検討を始めた。 戦前以来の都市計画区域と港湾整備の問題、そして何よりも水害と戦災で逼迫した財政を救う事のできる神戸市の経済規模は魅力であり、1950年2月29日、村会に置かれた自治振興委員会において、芦屋市との合併を断る事とし、それまでの回答を保留するという閣議決定が行われた。しかし、本庄村にとって芦屋市は縁の強い場所であり、通勤先・日常品の購入先・警察や消防の管轄元であり、芦屋市との解消合併の方が自然であるとして、村内でもそれを望む声は大きかった。 当時の阪神間の中小新聞も『民声新聞』(西宮市高木)や『摂津又新日報』(神戸市東灘区住吉町)が神戸市編入を、『西摂新報』(西宮市六湛寺町)が芦屋市編入を支持し、互いに激しく論戦した。そんな中、本山村での住民投票の結果が発表され、僅差で神戸市への編入が決定された事は本庄村にも影響を与えた。 依然芦屋市との合併意見は強く、3月20日には一度断る方向だった芦屋市との合併を再検討する事に決定した。こうして同市担当者と何度か交渉に至ったが、本山村が離脱してはそもそも芦屋の提唱した人口10万人に届かない事や、財政面での条件で折り合いが付かなかったため、6月2日の村会において、芦屋市との合併案は否決された。 こうして神戸市への編入に動き出した本庄村は、6月8日に合併のための仮調印、7月24日には正式調印を神戸市との間で取り交わした。ところが芦屋市との合併を求める村民から、住民投票など村民の意思を問うことなしに神戸市への編入を村が決定した事に対し反発が強まり、村会に対してリコール運動が展開された。 正式調印が行われた6月24日から運動は始まり、7月7日にはリコール成立に必要な法定数2305名を大きく上回る3608名の署名が本庄村選挙管理委員会に提出された。選挙管理委員会は署名簿と選挙人名簿の照合を行い、2930人の署名を有効とし、7月25日から役場会議室で縦覧に供した。ところが、このうち1636名の署名が代筆であると異議が出た。また、8月7日、永井庄左衛門村長と細井重治郎議長は地方自治法に基づいて、兵庫県選挙管理委員会に、本庄村選挙管理委員会へ厳正な指揮監督を陳情している。結果、8月15日、本庄村選挙管理委員会は法定数を僅かに下回る2266名の署名を有効と認定し、リコールが不成立となった。これに対しリコール派はこれを不服として神戸地裁に行政訴訟の提訴を行った。この間、選挙管理委員が辞任する騒ぎになるなど村を二分する大問題となっていた。 リコールを巡る村内の対立の激しさから、当初予定の9月編入は見送られ、一時は本山のみの実施も検討された。丁度この時ジェーン台風が近畿地方を襲い、村民の七割が被災し、被害金額は5000万円にも達し、このまま合併できなければ財政が収拾のつかないところまで落ち込む危険があった こうして10月5日には最終的な兵庫県会の承認を得、7日付の県報で告示、10月10日、本庄・本山両村は神戸市へと編入された。 リコール派の運動は引き続いたが、11月2日岸田兵庫県知事、細見県会議長の調停のもとに神戸市及び両派の代表が会合を持ち、地区住民の親和を兼ねて地域の問題を研究討議する研究会を組織し、両派から地域運営に協力する旨の合意を得た。一切の提訴告発が取り下げられ、地域内の争いも和解を遂げた。 後の1969年に西青木・青木・深江の各財産区が発足している。
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