理神論・合理主義とスピノザ
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「反ユダヤ主義」の記事における「理神論・合理主義とスピノザ」の解説
宗教改革と宗教戦争を経て、16世紀のソッツィーニ派は聖書の権威を批判し、三位一体説や予定説、キリストの神性を否定し、教会と国家の分離(政教分離)を主張し、神だけの神性を主張し,イエスの神性を否定するユニテリアンに影響を与えた。やがて、この潮流はチャーベリーのハーバート卿やトーランドなどイギリスの自由思想家によって理神論(自然宗教)という理性に基づく合理主義的な有神論となった。ハーバート卿の『真理について』(1624年)は哲学者デカルトに影響を与えた。 オランダのユダヤ・セファルディム系哲学者スピノザにとってユダヤ教は確かな論拠と証明に基いていないのでそれがユダヤ共同体から離れる原因となり、さらにユダヤ人の男に短剣で襲撃されたことでスピノザはユダヤ共同体と絶縁し、さらに破門され追放された。その後、スピノザは匿名で1670年に『神学・政治論』を書き、ヘブライ人の宗教は他の民族とは絶対に相反的なものであり、ユダヤ教において他の民族への憎しみは敬神と敬虔から生じた神聖なものと信じられていると、ユダヤ教について激しく攻撃的に論じ。スピノザはコレジアント派(ソッツィーニ派、メンノ派)の解釈に倣って、ユダヤ教における隣人をユダヤ民族に限定した。スピノザの聖書批判はキリスト教神学者の間でも反発を呼んだ。ピエール・ベールは『歴史批評辞典』 (1696年)でスピノザの聖書批判を紹介しフランスやイギリスでも知られるようになり、スピノザによってユダヤの神は憎しみの神であるという考え方、そしてユダヤ教は迷信にすぎないといった見方が啓蒙思想やイギリス理神論、ドイツの哲学者カントやヘーゲルまで広がっていった。ゴルディンやポリアコフは、スピノザは近代の反ユダヤ主義の形成において重要な役割を果たしたと論じている。 自由思想家で理神論(合理主義)の哲学者ジョン・トーランドは『キリスト教は秘蹟的ならず』(1696年)で教父たちは真のキリスト教を堕落させてきたとして「理に適った」(合理的な)教説を説き、キリスト教はもとはユダヤ教徒であったと論じた。トーランドは1714年の『ユダヤ人帰化論』でユダヤ人を擁護し、ヨーロッパ大陸からユダヤ人を受け入れるよう主張した。また『ナザレ人』(1718年)でトーランドは「ユダヤ教徒が奉じる真のキリスト教」はローマ帝国の異教徒たちによって圧殺され、また教皇制度はキリスト教を歪める一方で、ユダヤ教の儀式を非難してきたが、こうしたことの根拠は聖書には書かれていないと論じた。トーランドは、これまでのキリスト教世界を批判する一方で、ユダヤ人を擁護した。 聖公会の非正統的神学者トマス・ウールストンは1705年の著作『ユダヤ人と復活した異邦人に対するキリスト教の真実のための古い弁明』以来の著作やパンフレットで、ユダヤ人は「騒音と悪臭の根本」であり「世界はユダヤ人の毒に満ちている」と論じた。ヴォルテールはウールストンの著作を典拠にした。 ニュートンの推薦でルーカス教授職に就いたウィリアム・ホイストンは1722年の『旧約聖書再現試論』でユダヤ人は旧約聖書の写本を歪め、故意に改悪したと論じた。ドルバック伯爵に影響を与えたアンソニー・コリンズは『キリスト教基礎論』(1724)でユダヤ教は民族宗教にすぎないと主張した。マシュー・ティンダルの『天地創造と同じ古さを持つキリスト教、あるいは自然宗教の福音』(1730年)は理神論のバイブルといわれたが、ユダヤ人の悪しき影響力を論じたものでもあった。トマス・モーガンは『キリスト教徒の理神論者フィレラテスとキリスト教徒ユダヤ人テオファネスとの対話のなかの道徳哲学者』(1737年)で、スピノザに基づきイスラエルの神は戦の神であり、その土地の民族の神にすぎないとして、理神論者がキリスト教徒ユダヤ人に打ち勝つと描いた。ウィリアム・ウォーバートンの『モーセの聖使節』(1737年-1741年)では、神が最も粗野で卑しい民族を選んだということが啓示の根拠であると論じた。ボーリングブルックはユダヤ人とキリスト教教父たちはキリスト教を悪質なものへと変えたと非難した。 こうしたイギリス理神論は、ユダヤ人に取り憑かれたように非難していたわけではなかった。しかし、ジョン・トーランドを唯一の例外としてほとんどのイギリス理神論者が伝統的なキリスト教的な反ユダヤ主義を保持し続け、ユダヤ教とキリスト教の窮屈さや旧約聖書の排他主義を批判し、文明や人類の起源をエジプトやインドに求めていくようになり、これが後年の「アーリア神話」に行き着くことになった。イギリス理神論は、フランスのヴォルテールやルソーなどヨーロッパの思想に大きな影響を与えた。
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