残虐性の有無
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/10 07:16 UTC 版)
死刑自体が究極の身体刑であると主張される一方、「火あぶり」、「磔」など苦痛を伴う残虐な方法による死刑のみが究極の身体刑であると主張されることもある。また、苦痛を与えることを目的としない死刑は拷問に当たらないとされる。実際に中国で行われている頭部への銃殺刑は、被執行者が「確実に」即死するため、苦痛がないといわれている。しかし、これは実証されておらず、無論既に死んでいる被執行者に確認を取ることもできないので実証は非常に困難であると思われる。 日本で行われている絞首刑では、実際に見学した人物の証言では、死刑囚の遺体から目と舌が飛び出しており、口や鼻から血液や嘔吐物が流れ出しており、下半身から排泄物が垂れ流しになっていたという。この描写は、米国サンクェンティン刑務所長が自身が立ち会った絞首刑について「顔から、ロープのために肉がもぎ取られ、首が半ばちぎれ、眼が飛び出し、舌が垂れ下がった」とか、尿失禁、便失禁、出血もあったとする著者の記述に一致する。一方で1994年12月に死刑執行された元死刑囚の遺体を引き取った遺族が法医学教室の協力で検証した実例では、気道をロープで一気に塞がれたことにより、意識が消失して縊死した可能性が高いとされている。しかし、オーストリア法医学会会長ヴァルテル・ラブル博士は、絞首刑を執行された者が瞬時に意識を失うことはまれで、最低でも5〜8秒、長ければ2〜3分間意識が保たれると述べている。 なお死刑存置国であるアメリカ合衆国では、日本で行われている絞首刑を非人道的であるとして廃止している州がほとんどで、2018年末の時点で絞首刑が認可されているのは、3州を残すのみとなっている。しかも、この3州においても、薬殺刑が主流で、受刑者が望んだとき、あるいは、薬殺刑が執行できないときのみ絞首刑が選択される。実際のアメリカの絞首刑執行数も、1977年以降2020年9月までの死刑執行数1526件のうちの3件のみであり、1996年1月25日のデラウェア州でビリー・ベイリーの執行を最後に行われていない。これは、絞首刑には失敗があるためである。絞首刑を執行された者は意識を保ったままで苦しんだり、首が切断されることもある。米国で1622年から2002年までに合法的に行われた絞首刑で少なくとも170件の失敗があったとされる。たとえば1901年に死刑が執行されたトーマス・エドワード・ケッチャムはロープが長すぎたため、首がちぎれてしまい絞首刑の写真として販売された。この例以外でも、米国、英国、カナダ、オーストラリアなどで、絞首刑における首の切断が起こっている。最近では、2007年1月15日にイラク・バグダッドで処刑されたサダム・フセインの異父弟バルザン・イブラヒム・アル=ティクリティ(バルザーン・イブラーヒーム・ハサン)の例がある。また、日本でも、1883年(明治16年)7月6日小野澤おとわという人物の絞首刑執行の際に、「刑台の踏板を外すと均(ひと)しくおとわの体は首を縊(くく)りて一丈(いちじょう)余(よ)の高き処(ところ)よりズドンと釣り下りし処、同人の肥満にて身体(からだ)の重かりし故か釣り下る機会(はずみ)に首が半分ほど引き切れたれば血潮が四方あたりへ迸(ほとばし)り、五分間ほどにて全く絶命した」「絞縄(しめなわ)のくい入りてとれざる故、刃物を以て切断し直に棺におさめ」た事故が起こっていることが報道されている。 カナダでは、絞首刑において、1962年12月11日にトロントのドン刑務所でほぼ首が切断されてしまったアーサー・ルーカスの執行を最後として絞首刑が廃止された。ただし、この事故は長らく秘密とされ、カナダの絞首刑はこの事故とは無関係に廃止された。一方で、このような首の切断の危険性によって絞首刑が廃止された例もある。アリゾナ州はエヴァ・デュガンの首の切断で1933年に絞首刑をガス室に変更した。また、アメリカの法律雑誌では死刑存置国ながら日本が行う絞首刑を「非人道的」と非難する論文が掲載されている。そのため絞首刑に代わる「人道的執行方法」としてガス室や電気椅子が導入されたが、現在では薬物投与による安楽死、すなわち薬殺刑が新たな処刑方法として採用されており、他の死刑存置国においても一部採用されている。 そのため日本でも絞首刑には短期間ながらもそれなりの苦痛が伴うとして、アメリカ合衆国で採用されている薬物などによる薬物注射による薬殺刑が適当な死刑執行方法であるとする主張が存在する。ただし、その薬殺刑についても異常な刑罰との訴訟があったが、アメリカ連邦最高裁は2008年4月に憲法に反しないとの判断を下している。しかしその後、使用する薬物の提供を欧州などのメーカー側が拒否されたため、代替薬物としてミダゾラムなどによる混合薬物が使われるようになったものの、死刑執行の失敗とみられる事例が相次ぎ、オクラホマ州の死刑囚らで作る原告団により最高裁の判断を仰いだ。アメリカ連邦最高裁は、執行に使用される鎮静剤ミダゾラムに「激痛をもたらす大きな危険性」があることを原告団が示せなかったと判断し、「残酷で異常な刑罰」を禁じた憲法には違反していないとの見方を示し、2015年6月に再び合憲と判決した。 日本で絞首刑の残虐性が本格的に争われた裁判はいくつか存在するが、いずれも「絞首刑は憲法36条にいう残虐な刑罰ではない」との最高裁判所の確定判決(死刑制度合憲判決事件)が出ている。
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