数理モデル
数理モデルは、対象とする現象や、定式化の抽象度などによって様々なものがあり、自然科学(たとえば物理学、生物学、生態学、疫学、神経科学、地球物理学、気象学、天文学など)と工学(計算機科学、電気工学、機械工学、航空工学など)の広範な分野で用いられるのみならず、社会科学(経済学、心理学、社会学、政治学など)、人文科学(言語学、計量文献学、音楽学など)でも活用されている。また、産業界や軍事においても、オペレーションズ・リサーチやデータサイエンスとして研究される。近年はコンピュータの性能の向上により、複雑な数理モデルでも、そのふるまいをシミュレーションによって研究することができるため、より多くの分野で用いられるようになっている。
概要
モデルとは
そもそもモデルとは何か、ということに関して様々な説明がありうるが、例えば大学生向けのあるテキストでは「モデルとは、対象とするシステムを簡略化して、その本質を表したもの」「システムを理解するために用いられる」などと解説されている。その意味では、地球のモデルとしての地球儀、建造物のモデルとしての設計図、人生のモデルとしての小説、価値のモデルとしての金銭など様々なものがあげられる[1]。
普通、モデルは現実世界のシステムに対して簡略化されているので、現実のシステムそのものを考察するのに比べると、モデルだけを対象として考察を行うことのほうが圧倒的に容易である。
モデルが現実のシステムの興味がある部分の性質を残していれば、モデルを考察することによってシステムに対する理解(あるいは解釈)を行うことが可能になったり、現実のシステムのふるまいの予測を行うことができるようになる。例えば、実際に歩き回らなくても、地図を見れば行き方がわかるし、宇宙に出なくても地球の形状や各国の分布を知ることができる。モデル化とは、興味のある本質を残して対象を大幅に簡略化することにより、理解可能にすることである。
ただし、モデルは対象そのものとは別物であり、簡略化によって必然的に対象の持っている多くの性質を失ったものとなる。モデルが対象のある側面をとりこまないことを「捨象」と言う。構築されたモデルが、元の現象を適切に記述しているか否かは、数学の外の問題で、原理的には論理的には真偽は判定不可能である。人間の直観によって判定するしかない。どこまで精緻にモデル化を行ったとしても、それは得た観察を近似する論理的な説明に過ぎない。
数理モデル
数理モデルは、特に数学によって記述されたモデルのことである。モデルという言葉に含意されているように、対象とのズレ(特に近似や抽象化)が意識されていることが多い。モデルの正当性が実験や観察などによって裏付けられ、非常にうまく行っている事が確かめられている場合は「理論」と呼ばれるようになることもある。もっとも、「理論」という場合、しばしば独自の概念の使用なども含んだより包括的な体系となる。例えば、ボーアによる水素原子の構造を説明する理論は普通"Bohr's model"あるいは「ボーアの原子模型」と呼ばれるが、シュレーディンガーによる量子力学の基礎方程式はモデルとは呼ばれない。前者は水素原子の電子の軌道のエネルギー準位を説明するものであり、後者は非相対論的量子力学の基礎方程式を示す理論である。前者においては、バルマー系列におけるリュードベリ定数の、他の基礎的な物理定数による説明という大きなインパクトおよび、量子条件という、理論発展に対する帰納的および仮説形成的側面へのインパクトが重要であるが、後者においては、(例えばエネルギー保存則などの)そこから演繹できる法則の広さが重要である。[独自研究?]
簡単な例
「A君が歩けば歩くほど前に進む。歩幅が広いほど前に進む。」という現象を
- (距離)=(歩幅)×(歩数)
という数式で表せば、これは数理モデルである。この数理モデルは、積という数学的な概念によって記述されている。このように、現実の対象を数学の中に写像する過程を「モデル化」という。この数理モデルにおいては、もはやA君が何を話しているのか、どんな表情をしているのか(気持ち、感情)、どちらの方角に向かっているのかといったようなことは全て捨象されてしまっている。しかし、世界の数的な側面についてこの式(モデル)を用いて推論をすることは、A君の歩く様子を眺めてそれを行うよりも極めて容易であり、数学の知見により、例えば、歩幅が50cmで1,000歩歩いたら500m進むということが分かる。さらに言えば、10 km歩いてきたA君の疲労困憊した顔を見た時に、この数理モデルを用いる事によって、彼が2万歩歩いたことを算出し「なるほど疲れるわけだ」と理解することもできる。
ばねの振動の例
ばねは、自然長からの伸びが小さい範囲では、伸びた長さと戻ろうとする力が比例することが知られている(フックの法則)。
- 力=(比例定数)×(伸び)
- ( 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。
- 日本数学会 編『岩波数学辞典』(第4版)岩波書店、2007年。ISBN 978-4-00-080309-0。
- 広中平祐 編『現代数理科学事典』(第2版)丸善、2009年。ISBN 978-4-621-08125-9。
- 蔵本由紀『非線形科学』集英社〈集英社新書〉、2007年。ISBN 978-4-08-720408-7。
- 蔵本由紀『新しい自然学 : 非線形科学の可能性』岩波書店〈双書科学/技術のゆくえ〉、2003年。ISBN 4-00-026642-X。
- 甘利俊一 著、戸田正直ほか 編『神経回路網モデルとコネクショニズム』(新装版)東京大学出版会〈コレクション認知科学〉、2008年。ISBN 978-4-13-015161-0。
- 松原望『計量社会科学』東京大学出版会、1997年。ISBN 4-13-042069-0。
- 津田一郎『カオス的脳観』サイエンス社、 1990。ISBN 978-4781905983。
関連項目
- 数理分析のページへのリンク