技法と素材
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/27 05:16 UTC 版)
15世紀の北方絵画に自然主義、写実主義を導入し、様式の手法として確立したのは、初期フランドル派第一世代に分類されるロベルト・カンピン、ヤン・ファン・エイク、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンで、自然界そのままの表現を絵画作品に取り入れることに大きく貢献した。人物像はより本物らしく表現され、それまでの絵画作品には見られない豊かな感情を持つ人間として描き出された。第一世代の初期フランドル派の画家たちは、パノフスキーが「金色は金色そのままに」描いたと表現したように、作品のモチーフだけではなく、太陽の光が帯のように降りそそぐさまや、その反射のような自然現象をも絵画として正確に再現することに注力した。初期フランドル派の画家たちは、それまでの絵画作品で用いられていた平凡な遠近法や、単に輪郭線だけで三次元的形状を表すような手法は採用せず、絵画をはじめて観る者がどれだけその作品と一体感が持てるかを重要視した。ヤン・ファン・エイクは、その作品『アルノルフィーニ夫妻像』で、この絵画を観る者に、あたかも自分が絵画に描かれている二人の人物と同じ部屋に入りこんだかのような錯覚を持たせることに成功している。初期フランドル派の画家たちが革新した高度な絵画技法が、人物、風景、インテリアなどのモチーフを鮮明かつ精緻な表現で描きだすことを可能にしたのである。 絵具の固着剤として油脂を使用してきた歴史は12世紀までさかのぼることができるが、その取扱いや技法に一大変革をもたらしたのが初期フランドル派の画家たちだった。1430年代までは卵テンペラが絵画制作の主流だった。鶏卵を絵具の固着材として使用したテンペラは華やかで明るい色彩を得ることができるが、乾燥が比較的速いために質感や深い陰を自然に表現する目的にはあまり向いていない。テンペラに比べると、油彩はよりなめらかで透明感のある画肌を表現でき、さらに筆使いによって極細の線から太い線までを描き分けることができる。乾燥が遅いことを利用して絵具が乾く前に様々な加筆が可能で、画家にとって時間をかけてより精緻な表現ができる絵具であり、絵具が乾燥する前にさらに絵具を重ねて混ぜ合わせるウェット・オン・ウェット (en:Wet-on-wet)などの技法を可能とした。重ね塗りされた絵具の乾燥した上層をそぎ落とすことによって下の絵具の層(レイヤ)を表出し、より滑らかな色彩や明暗の階調を表現するなどの絵画技法も、油絵具の導入とともに発展していったものである。油彩画は通常絵筆で描かれるが、細い棒や、柔らかな印象を与えるために画家自身の指も使用されることがあり、さらに指や掌は画肌の上に塗布されるグレイズ (en:Glaze (painting technique)) が絵画作品本体に与える影響を低下させる目的でも使われている。油彩では反射する光の明暗の度合いを描き分けることができ、透明なガラス越しの光がもたらす効果すらも絵画に再現することが可能となった初期フランドル派の画家たちは、自在に光を表現できる油彩技法によってより緻密で写実的に物の質感を描き出すことに成功した。ヤン・ファン・エイクやファン・デル・ウェイデンの作品にみられる、宝飾品に降りそそぐ陽光、木製の床、質感豊かな織物、家庭用品などがその好例と言える。 初期フランドル派の絵画作品は、安価だったキャンバスではなく木の板(パネル)を支持体として描いた板絵のほうが多い。支持体に使用されたパネルは、主にバルト海沿岸諸国から輸入されたオーク材が多かった。パネルが歪みやねじれを起こさないように、通常は半径方向に切り出された後に(柾目)、完全に乾燥させてから使用された。年輪年代学を用いたオーク材の調査が、当時の各画家たちがどこで活動していたのかを判定する研究の一助となっている。板絵に使用されるパネルの制作には非常に高い熟練技術が必要とされており、美術史家ローン・キャンベルは当時の板絵に使用されているパネルについて「優れた工作技術で、素晴らしい工芸品といえる。板と板との繋ぎ目をみつけることすら非常に難しいほどだ」としている。支持体に使用されているパネルの両端には歪み防止処理がなされていた。 現存している初期フランドル派絵画作品の額装は、18世紀から19世紀初頭になってから後付けされたり、塗り直しや金箔処理がなされたものも多い。これは当時の初期フランドル派絵画が、例えば多翼祭壇画であればパネルごとに分割されて売買されたことに起因する。また、祭壇画は表裏両面に絵画が描かれているか、裏面に依頼主の家紋や紋章、あるいは表面の主題を補完するような簡略図が描かれている作品が多い。中には表面と裏面で全く関係がないものが描かれていることもあり、これは後世になってから別人によって描きたされたものか、あるいはキャンベルが主張するように「画家の気まぐれ」によるものだと言われている。 植物性油脂の代替として動物性タンパク質を固着材として使用した絵具で布に描く、グルーサイズ (en:Glue-size) と呼ばれる手法で制作された作品もあった。グルーサイズで描かれた絵画は非常に多かったが、現存している作品はほとんどない。これは支持体として使用された布(麻布が多い)がタンパク質の影響で腐食してしまったことと、固着材に使用されたタンパク質自体が経年変化によって溶解してしまったことによる。このグルーサイズで描かれた、溶解による損傷があるとはいえ、まだ保存状態が比較的良好でよく知られている作品に、クエンティン・マセイスが1415年から1425年ごろに描いた『聖母子と聖バルバラ、聖カテリナ』と、ディルク・ボウツが1440年から1455年ごろに描いた『キリストの埋葬』(en:The Entombment (Bouts)) がある。
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