声優としても活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 21:50 UTC 版)
1997年、13年ぶりの『双頭の鷲』再演で読売演劇大賞優秀賞を受賞。宮崎駿監督アニメーション映画『もののけ姫』では、山犬神、モロの君の役で声優を務め、東京スポーツ映画大賞助演男優賞を受賞する。「黙れ小僧!」は特に印象的な台詞として多くの人に記憶された。 1998年には、『葵上・卒塔婆小町』を再演、秋にはデュマ・フィス原作「美輪明宏版 椿姫」を30年ぶりに再演する。この年2本の芝居を上演したのを最後に、翌年の『双頭の鷲』以降、舞台作品は年1本の上演ペースとなる。一方、美輪が舞台活動を再開した1993年以降、芝居のスケジュールとの調整が必要となり公演がない年(1996、1997年)もあったPARCO劇場でのロングリサイタルは1998年以降「音楽会」と名を改め、毎年行われる様になる。以来、美輪のステージは春先の芝居、秋の音楽会で定着した。 2000年、銀巴里閉店後、唯一のライブ活動の場となっていた渋谷ジァン・ジァンが閉場となり、2000年3月29日が美輪のジァンジァンにおけるラストライヴとなった(閉場は2000年4月25日)。そして、エディット・ピアフの生涯を描いた舞台『エディットピアフ物語愛の讃歌』を上演。また、この年、アルバム『白呪』が再発売される。桑田佳祐がフジテレビ系『桑田佳祐の音楽寅さん』内で『ヨイトマケの唄』を歌ったのもこの年である。 2002年に芸能生活50周年を迎える。この年には、三島由紀夫の三十三回忌に際して、『近代能楽集より 葵上・卒塔婆小町』を再演している。(相手役は宅麻伸) 2004年にジブリアニメ映画のハウルの動く城で「荒れ地の魔女」の声を演じる。 2005年には、テレビ番組『オーラの泉』が始まり、「愛の伝道師」として出演している。 2006年、美輪明宏原作、演出、美術、衣装、主演、舞台『エディットピアフ物語愛の讃歌』を再演。 2007年、美輪明宏携帯サイト「美輪明宏 麗人だより」を開設。 2009年、劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール アルセウス 超克の時空へ(劇場版ポケモン第12弾)でアルセウスを演じる。 2010年、三島由紀夫原作の舞台『近代能楽集より 葵上・卒塔婆小町』を再演。(相手役は木村彰吾、岩田知幸) 2012年、『第63回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たし、「ヨイトマケの唄」を歌った。77歳での『NHK紅白歌合戦』初出場は史上最年長で、デビュー60年での初出場も史上最長記録である。歴代出場者全体の年齢から見ても、1989年の『第40回NHK紅白歌合戦』に満78歳で出場した藤山一郎に次ぐ歴代2位。 2013年1月24日発売の「週刊文春」で、約8年前に自身の個人事務所「オフィス・ミワ」社長と養子縁組している事が報じられた。美輪の17歳年下で、文学座の研究生だった17歳の頃、美輪の付き人が辞めることとなり、知人の紹介で付き人となって以来、身の回りの世話をするようになった。その後は『青年座』や『青俳』などに在籍、NHK大河ドラマ『黄金の日日』にも出演経験があり、声優としても活動していた(芸名:藤堂貴也)。「オフィス・ミワ」前社長が高齢の為退任した後、社長に就任し、名実ともに美輪を支えてきた。『第64回NHK紅白歌合戦』に出場し、藤山一郎の持つ最年長出場に並んだ。 同じく2013年、フランス人の映画監督による美輪明宏のドキュメンタリー映画が作られ、DVDにもなった。ナレーションはフランスの産業大臣の夫人が担当した。 2014年4月から、美輪明宏主演の舞台『愛の賛歌〜エディット・ピアフ物語』がリバイバルで全国公演される。前回の公演ではこの舞台を見た瀬戸内寂聴が感激して楽屋を訪れ、「私は今まで映画や舞台をたくさん見てきたが、この芝居が一番感動した」と言って号泣したという。同じく、この舞台を見た東山紀之も感激して美輪の楽屋を訪れ、「僕、今まで自分がこんなに泣けるとは思わなかったですよ」と言い号泣したという。同年『第65回NHK紅白歌合戦』に出場し、史上最年長出場記録を打ち立てた。 2015年、『第66回NHK紅白歌合戦』に出場を果たし(翌年落選し、これが最後の出場となっている)、自身の持つ史上最年長を更新すると同時に史上初の80代での出場となる。なお、当時80歳での美輪の出場は正規枠では最年長出場記録を保持しているものの、正規出場者以外では2010年の『第61回NHK紅白歌合戦』に当時83歳で出演した熊倉一雄がいる。 2018年、東京都名誉都民に顕彰される。
※この「声優としても活動」の解説は、「美輪明宏」の解説の一部です。
「声優としても活動」を含む「美輪明宏」の記事については、「美輪明宏」の概要を参照ください。
- 声優としても活動のページへのリンク