「丕緒の鳥」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 08:32 UTC 版)
丕緒の鳥 慶国の新王即位にともない、大射の準備を命じられた羅氏の丕緒は、蕭蘭が行方不明になって以来足が遠のいていた冬官の工房へ赴き、馴染みの羅人の青江らと共に大射に使う陶鵲をどうするか悩む。百数十年、自分には断片的な噂しか聞こえてこない雲海の上の意思に翻弄され、時には親しい者を失ったことを思い出しながら、陶鵲の意匠を思案する丕緒。農村にいる取り分け目立つ鳥ではない鵲を陶鵲に使う理由、その陶鵲を祝賀に際し射ることの意義など、長い間考えているうちに、鵲は民を意味するものではないか、と思い至った丕緒は、陶鵲の意匠に自分の思いを込めるようになっていく。蕭蘭の思いを汲み取りながら丕緒と青江は陶鵲を作り上げ、大射に臨む。大射は成功し、その夜の打ち上げの祝杯の最中、丕緒は新王に呼び出される。女王は御簾越しに丕緒の大射を「ただ美しかった」と褒め、「今度は御簾など無しに、二人で見たい」と丕緒に語った。丕緒は今回の一件で満足して官を退く気でいたが、彼女の言葉を聞いて、波を越えて矢をかわして彼女の下に飛び込む1羽の陶鵲を思い描いた。 落照の獄 柳国の秋官・瑛庚(えいこう)は、3度の前科がある上に16件・23人もの人間を無惨に殺した男・狩獺の処罰に悩んでいた。殺刑(死刑)にすべきだと言う声は遺族や市井だけに留まらず、瑛庚の妻さえも死刑を訴えていた。死刑を停止してきた劉王は近頃、政治への興味を失ってしまったかのような態度を取っており、今回の件も司法に一任すると丸投げしていた。審理に詰まった瑛庚ら司法府の3名は、直接狩獺に面会しようと牢へと赴く。 青条の蘭 先王の圧政とその後の長い空位により、国が荒れ果てていた頃、迹人の標仲と山師の包荒の故郷のある雁国の北方地域では、山毛欅(ブナ)の木が石化する奇病が蔓延しつつあった。安定した実りをもたらさず、人の食糧や木材としての用途に乏しい山毛欅だったが、硬化した木は高値で売れるため、人々は病気の危険を顧みず、これを売って利益を享受した。しかし包荒はこのままでは餌が減って獣が里を襲ったり、木が失われることで山崩れが起こるようになると警告する。そこで標仲は、包荒及び猟木師の興慶と共に、疫病の薬となる草木を探し始める。興慶のアドバイスがきっかけで薬となる草「青条」を発見し、それを殖やそうと試みるが、青条は人の手では育てるのがやっとで殖やす事は出来なかった。その時、新王が即位したという話を聞くも病気の流行が一向に収まらなかった事から標仲と包荒は王に願い出て青条の卵果を実らせてもらおうと王宮まで青条を届けようとする。しかし、荒廃した国土や官吏の横暴などの妨害により、その道のりは長く険しいものであった。 風信 慶国の女王舒覚は、国からすべての女を追い出すよう布告したが、15歳になった蓮花の街では、女たちは家に留まり続けた。ところが、あるとき軍がこの街を襲い、蓮花は両親と妹を殺されてしまう。蓮花は、生き残った女たちと共に故郷の街を後にした。雁国を目指す途中、摂養の街で王が死んだという知らせを聞いて、女たちは故郷に戻っていったが、蓮花はそこに留まることを選び、暦を作る保章氏の嘉慶の園林である槐園で下働きとして暮らすこととなった。嘉慶やその部下たちはとても浮き世離れしていたが、蓮花に優しく、蓮花もそこでの生活を楽しんでいた。ところが、あるとき偽王という噂のある新王に与する州の軍が、新王に恭順しない摂養の街を焼き討ちした。蓮花は外の凄惨な現実に何もしない嘉慶らの浮世離れして外界と交わっていないような生活を罵るが、嘉慶は自分たちは暦を作らないといけないし、それしかできることがない、と蓮花に語り返した。摂養の街が早く王に恭順したため、街は多数の被害や犠牲者が出たものの他所に比べれば比較的軽く済んだ。そして、蓮花は嘉慶の部下である候風の支僑の手伝いで燕の巣と卵の調査を行い、自分の未来を飛び立つ燕に重ね合わせた。
※この「「丕緒の鳥」」の解説は、「十二国記」の解説の一部です。
「「丕緒の鳥」」を含む「十二国記」の記事については、「十二国記」の概要を参照ください。
- 「丕緒の鳥」のページへのリンク