2003 FIFA女子ワールドカップ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/13 07:53 UTC 版)
2003 FIFA女子ワールドカップ | |
---|---|
大会概要 | |
開催国 | ![]() |
日程 | 2003年9月20日 - 10月12日 |
チーム数 | 16 (6連盟) |
大会結果 | |
優勝 | ![]() |
準優勝 | ![]() |
3位 | ![]() |
4位 | ![]() |
大会統計 | |
試合数 | 32試合 |
ゴール数 | 107点 (1試合平均 3.34点) |
総入場者数 | 656,789人 (1試合平均 20,525人) |
得点王 | ![]() |
最優秀選手 | ![]() |
< 19992007 > |
2003 FIFA女子ワールドカップ(英: FIFA Women's World Cup USA 2003)は、2003年9月20日から10月12日にかけて、アメリカ合衆国で開催された第4回目のFIFA女子ワールドカップである。1991年の第1回大会から1999年の第3回大会までは「FIFA女子世界選手権」(英: FIFA Women's World Championship)であったが、今大会から大会名が正式に「FIFA女子ワールドカップ」(英: FIFA Women's World Cup)となった。
開催までの経緯
当初は中国で9月28日から10月16日にかけて開催される予定だったが、SARS(新型肺炎)の影響で開催返上となり、前回大会に続きアメリカでの開催となった。
前回大会までは、ワールドカップがその翌年に開かれるオリンピックの予選を兼ねるものとされていたが、この大会ではそのような措置はなくなり、各大陸連盟別にオリンピックの予選を行うものとされた。ただし、欧州サッカー連盟(UEFA)は個別の予選を実施することが日程上困難であったため、ワールドカップの成績により欧州からのオリンピック出場チームを決定するものとした[1](結果、ドイツとスウェーデンが翌年のオリンピックの出場権を得た)。
日本ではこの大会がTBSとフジテレビにより生放送(日本戦3試合の平均視聴率2.6%)され、未明にもかかわらず女子サッカーとしては異例の扱いといえるものであったが、その理由として前年(2002年)に国内で男子のFIFAワールドカップが行われたこと、メキシコとのプレーオフで注目が集まったことなどが考えられる。
予選
出場国
大陸連盟 | 出場 枠数 |
予選大会 | 組 予選順位 |
出場国・地域 | 出場回数 | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
AFC | 1+2.5 | 当初開催国 | ![]() |
4大会連続4回目 | |||
AFC女子選手権 | 優勝 | ![]() |
2大会連続2回目 | ||||
3位 | ![]() |
初出場 | |||||
4位 | ![]() |
4大会連続4回目 | ○ | ||||
CAF | 2 | アフリカ女子選手権 | 優勝 | ![]() |
4大会連続4回目 | ||
準優勝 | ![]() |
2大会連続2回目 | |||||
CONCACAF | 2.5 | 女子ゴールドカップ | 優勝 | ![]() |
4大会連続4回目 | ||
準優勝 | ![]() |
3大会連続3回目 | |||||
CONMEBOL | 2 | スダメリカーノ・フェメニーノ | 優勝 | ![]() |
4大会連続4回目 | ||
準優勝 | ![]() |
初出場 | |||||
OFC | 1 | OFC女子ネイションズカップ | 優勝 | ![]() |
3大会連続3回目 | ||
UEFA | 5 | ヨーロッパ予選 | 1組 | 1位 | ![]() |
4大会連続4回目 | |
2位 | ![]() |
初出場 | ☆ | ||||
2組 | 1位 | ![]() |
4大会連続4回目 | ||||
3組 | 1位 | ![]() |
2大会連続2回目 | ||||
4組 | 1位 | ![]() |
4大会連続4回目 |
- 備考欄の「☆」は欧州予選プレーオフ、「○」は大陸間プレーオフに勝利の上、出場が決定したチーム。
本大会
概要
アメリカ合衆国で行われたこの大会は、カーソン(カリフォルニア州)、コロンバス、フォックスボロ(マサチューセッツ州)、フィラデルフィア、 ポートランド、ワシントンD.C.の6都市で行われた。
新型肺炎SARSが中国を中心に流行したため急遽アメリカでの開催となったが、2001年にWUSAが発足していたこともあり、即座に対応できたといえる。しかし、開催直前にWUSAの休止が発表され、アメリカ戦の行われる試合会場では観客が「SAVE the WUSA」という文字を書いた紙を掲げる光景も見られた。
この大会も16チームが参加し4チームx4グループによるグループリーグを実施。各組上位2チームの計8チームによる決勝トーナメントが行われたが、この大会では翌年のオリンピックの予選は兼ねないことになった。
決勝トーナメントにはアメリカ、スウェーデン、ブラジル、ノルウェー、ドイツ、カナダ、中国、ロシアが進出。延長ゴールデンゴール(GG)方式が採用され、決勝戦ではドイツがスウェーデンを延長GGにより初優勝を勝ち取った。ちなみに、優勝決定ゴールデンゴールは、ワールドカップの歴史の中でも唯一である[2]。
会場一覧
フィラデルフィア | フォックスボロ | ワシントンD.C. |
---|---|---|
リンカーン・フィナンシャル・フィールド | ジレット・スタジアム | RFKスタジアム |
収容人数: 70,000 | 収容人数: 68,000 (Reduced to 22,385) | 収容人数: 53,000 |
![]() |
||
2003 FIFA女子ワールドカップの会場[3] | ||
カーソン | ポートランド | コロンバス |
ホーム・デポ・センター | PGEパーク | コロンバス・クルー・スタジアム |
収容人数: 28,359 | 収容人数: 27,500 | 収容人数: 22,555 |
![]() |
![]() |
![]() |
結果
グループリーグ
グループ A
順 | チーム | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ![]() |
3 | 3 | 0 | 0 | 11 | 1 | +10 | 9 |
2 | ![]() |
3 | 2 | 0 | 1 | 5 | 3 | +2 | 6 |
3 | ![]() |
3 | 1 | 0 | 2 | 3 | 4 | −1 | 3 |
4 | ![]() |
3 | 0 | 0 | 3 | 0 | 11 | −11 | 0 |
グループ B
順 | チーム | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ![]() |
3 | 2 | 1 | 0 | 8 | 2 | +6 | 7 |
2 | ![]() |
3 | 2 | 0 | 1 | 10 | 5 | +5 | 6 |
3 | ![]() |
3 | 1 | 1 | 1 | 2 | 3 | −1 | 4 |
4 | ![]() |
3 | 0 | 0 | 3 | 1 | 11 | −10 | 0 |
グループ C
順 | チーム | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ![]() |
3 | 3 | 0 | 0 | 13 | 2 | +11 | 9 |
2 | ![]() |
3 | 2 | 0 | 1 | 7 | 5 | +2 | 6 |
3 | ![]() |
3 | 1 | 0 | 2 | 7 | 6 | +1 | 3 |
4 | ![]() |
3 | 0 | 0 | 3 | 1 | 15 | −14 | 0 |
グループ D
順 | チーム | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ![]() |
3 | 2 | 1 | 0 | 3 | 1 | +2 | 7 |
2 | ![]() |
3 | 2 | 0 | 1 | 5 | 2 | +3 | 6 |
3 | ![]() |
3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 5 | −3 | 3 |
4 | ![]() |
3 | 0 | 1 | 2 | 3 | 5 | −2 | 1 |
決勝トーナメント
準々決勝 | 準決勝 | 決勝 | ||||||||
10月1日 19:30 ボストン | ||||||||||
![]() |
1 | |||||||||
10月5日 16:30 ポートランド | ||||||||||
![]() |
0 | |||||||||
![]() |
0 | |||||||||
10月2日 16:30 ポートランド | ||||||||||
![]() |
3 | |||||||||
![]() |
7 | |||||||||
10月12日 10:00 カーソン | ||||||||||
![]() |
1 | |||||||||
![]() |
2 | |||||||||
10月1日 16:30 ボストン | ||||||||||
![]() |
1 | |||||||||
![]() |
1 | |||||||||
10月5日 19:30 ポートランド | ||||||||||
![]() |
2 | |||||||||
![]() |
2 | |||||||||
10月2日 19:30 ポートランド | ||||||||||
![]() |
1 | 3位決定戦 | ||||||||
![]() |
0 | |||||||||
10月11日 12:30 カーソン | ||||||||||
![]() |
1 | |||||||||
![]() |
3 | |||||||||
![]() |
1 | |||||||||
準々決勝
準決勝
3位決定戦
決勝
優勝国
2003 FIFA女子ワールドカップ優勝国 |
---|
![]() ドイツ 初優勝 |
順位
順 | 国・地域名 | 成績 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 点 | 得 | 失 | 差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ![]() |
優勝 | 6 | 6 | 0 | 0 | 18 | 25 | 4 | +21 |
2 | ![]() |
準優勝 | 4 | 0 | 2 | 12 | 10 | 7 | +3 | |
3 | ![]() |
3位 | 5 | 0 | 1 | 15 | 15 | 5 | +10 | |
4 | ![]() |
4位 | 3 | 0 | 3 | 9 | 10 | 10 | 0 | |
5 | ![]() |
ベスト8 | 4 | 2 | 1 | 1 | 7 | 9 | 4 | +5 |
6 | ![]() |
2 | 1 | 1 | 7 | 3 | 2 | +1 | ||
7 | ![]() |
2 | 0 | 2 | 6 | 10 | 6 | +4 | ||
8 | ![]() |
2 | 0 | 2 | 6 | 6 | 9 | -3 | ||
9 | ![]() |
グループリーグ敗退 | 3 | 1 | 1 | 1 | 4 | 2 | 3 | -1 |
10 | ![]() |
1 | 0 | 2 | 3 | 7 | 6 | +1 | ||
11 | ![]() |
1 | 0 | 2 | 3 | 3 | 4 | -1 | ||
12 | ![]() |
1 | 0 | 2 | 3 | 2 | 5 | -3 | ||
13 | ![]() |
0 | 1 | 2 | 1 | 3 | 5 | -2 | ||
14 | ![]() |
0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 11 | -10 | ||
15 | ![]() |
0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 11 | -11 | ||
16 | ![]() |
0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 15 | -14 |
- PK戦で決着がついた試合は記録上引き分けとなる
得点ランキング
順位 | 選手名 | 得点数 |
---|---|---|
1 | ![]() |
7 |
2 | ![]() |
4 |
![]() |
||
![]() |
表彰
受賞者、受賞国は以下の通り。
大会最優秀選手
ゴールデンボール | シルバーボール | ブロンズボール |
---|---|---|
![]() |
![]() |
![]() |
得点王
ゴールデンシューズ | シルバーシューズ | ブロンズシューズ |
---|---|---|
![]() |
![]() |
![]() |
7得点 | 4得点 | 4得点 |
その他の賞
最優秀GK | フェアプレー賞 |
---|---|
![]() |
![]() |
オールスターチーム
GK | DF | MF | FW |
---|---|---|---|
|
出典
- ^ “Report and Statistics FIFA Olympic Football Tournaments Athens 2004”. 国際サッカー連盟. p. 132. 2017年2月3日閲覧。
- ^ 採用されたのは、男子の1998・2002年と女子の1999・2003年のみ。
- ^ FIFA Technical Study Group (2003). FIFA Women's World Cup USA 2003 Report and Statistics (PDF) (Report). Fédération Internationale de Football Association. pp. 90–101. OCLC 85347862. 2019年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ (PDF)。2019年5月21日閲覧。
外部リンク
2003 FIFA女子ワールドカップ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/28 09:05 UTC 版)
「クリスティン・シンクレア」の記事における「2003 FIFA女子ワールドカップ」の解説
2003 FIFA女子ワールドカップで、シンクレアはカナダ代表として3ゴールを決め、同大会での過去最高順位となる4位で終わった。 ドイツ相手のグループステージ最初の試合で、彼女は4分で試合の最初のゴールを決めた。ドイツは4得点を決めカナダを4-1で破った。アルゼンチンを3-0で破った後、同チームは大会グループステージ最後の試合で日本と対戦。シンクレアやチームメイトのゴールでカナダは3-1(日本側の得点者は澤穂希)で勝利し、グループで2位になり決勝トーナメントに進出した。 カナダは準々決勝で中国と対戦し、7分にシャーメイン・フーパーが決めた唯一のゴールで1-0で勝利した。 以前のワールドカップ大会で全く勝てずにいたカナダの準決勝進出は、チームにとって歴史的な変化だった。 準決勝でカナダはスウェーデンに2-1で敗れ、3位決定戦では米国と対戦して3-1で敗戦し、この大会で4位に終わった。シンクレアは38分にカナダのゴールを決めた。
※この「2003 FIFA女子ワールドカップ」の解説は、「クリスティン・シンクレア」の解説の一部です。
「2003 FIFA女子ワールドカップ」を含む「クリスティン・シンクレア」の記事については、「クリスティン・シンクレア」の概要を参照ください。
「2003 FIFA女子ワールドカップ」の例文・使い方・用例・文例
- 2003年会計年度で
- 2003年、日本政府はクロルピリホスを規制した。
- 私は2003年にタイから日本に来ました。
- 2000年に日本の医療制度が世界一だが、2003年に研修医制度が始まって目に見えて悪くなった。
- 岩と氷の小惑星、冥王星の4分の3ほどの大きさ、2003年に発見された
- カナダの物理学者で、物質の構造を研究するため、原子核の中性子ビームを反射させた(1918年−2003年)
- 米国のカントリーミュージックのシンガーソングライター(1932年−2003年)
- カナダの俳優で、妻のジェシカ・タンディと登場人物のパートを頻繁に演じた(1911年−2003年)
- 米国の泳者で、1926年に英仏海峡を泳いだ最初の女性(1906年−2003年)
- 米国のテニスプレーヤーで、すべての主要な世界シングルス・タイトルを獲得した初の黒人女子選手(1927年−2003年)
- 米国の映画女優で、スペンサー・トレイシーと多くの映画で共演した(1907年−2003年)
- 米国のアーティストで、線で描かれた風刺画で知られる(1904年−2003年)
- 米国のコメディアン(英国生まれ)で、ビング・クロスビーと共に映画に出演した(1903年−2003年)
- 米国の演出家、映画監督(トルコ生まれ)で、メソッド・アクティングの信奉者(1909年−2003年)
- 米国の漫画家で、戦争中の兵士のスケッチが有名(1921年−2003年)
- 米国の社会学者(1910年−2003年)
- 米国の政治家で教育者(1927年−2003年)
- 最初の原子爆弾および最初の水素爆弾に取り組んだ米国の物理学者(ハンガリー生まれ)(1908年−2003年)
- 英国の哲学者で、道徳学をよみがえらせたことで高い評価を得ている(1929年−2003年)
- 2003年に中国本土でおそらく端を発する知られていない原因による呼吸器官の病
- 2003FIFA女子ワールドカップのページへのリンク